未踏のフォローアップミーティングの後は、懇親会。
さらにその後は友人宅に泊まらせていただきました。3か月ぶりぐらいの再開になりますが、今回はWiiのゲームを一緒にやろうということになりました。自宅にあるWiiリモコン持参です。
すると4人が集まることになり、Wii Fitを使ったり、「マリオパーティ8」をやったり、純粋にゲームを楽しんだ。徹夜して!
子どもみたいに遊ぶ。もう40歳を超えている私も。
それに飽きたら、テレビの番組「Qさま」を録画したので一緒に問題を解こうという。
問題が出たら番組を止めて、自分で考える。
漢字の問題を解いたり、世界遺産の問題を解いたり、算数の問題を解いたり、問題は最初はやさしいけれど、だんだん難しい。
そんな漢字の読みは知らないよぉとか。でもどっかで本か何かで知っている自分に驚く。
大の大人がこうやって無邪気に遊ぶのは楽しい。「いい歳をして」と言われること300%なのだが、大きくガスが抜けた気がする。
一緒に遊ばせていただいてありがとう>友人のみなさま
そして家族から解放してくれてありがとう>奥様+子どもたち
すでに未踏の契約は終わっていますが、お世話になった畑PMのフォローアップミーティングがありました。
1期は昨年4月に始まって最終的な発表会は12月1日にありました。2期は7月より始まって発表会が2月23日にありました。本当は半年ずれるのですがIPAの予算が終了する年度になっていましたので、3月ほどずれたことになります。
2期が終わった今、開発の反省と今後の展開について発表し、お互いに意見の交換をするというのがこのフォローアップミーティングの趣旨です。
今回は畑PMと1期2期のメンバーが集まりました。残念ながらTさんはアメリカで活躍中で、Gさんは仕事が忙しく参加できませんでした。IPAの方も3人いらっしゃいました。IPAの方がおっしゃるには、開発期間が終わってメールや電話でのフォローアップはあったが、こうして集まるのは初めてなんだそうです。
でも、せっかくの縁なんですからこうして集まって刺激し合えるのはいいと思います。
来年、再来年の合宿や発表会などで、機会があったらお互いに刺激しあうというのは大切なのではと思います。
私も年長の開発者なので、**「つまらない意見でも自分の経験をとりあえずしゃべる」**という役割があるのではないかと思っています。まったく意見を言わなかったり、ただうなづいているよりは、自己主張しすぎないところで意見を言ってみるというのが、課せられた私の役割の一つではないかと思います。
それで、発表中も懇親会でもとりあえずしゃべっています。
それが、的を外れていなければいいのですが。またうけていればいいのですが。
畑PMの挨拶から始り、一人一人発表が20分、質疑応答が15分という時間で順番に回っていきました。
私は今回は3番目。
昨日のブログを少し付け加えた反省を発表して、さらにどうすればよかったかいうことについて発表しました。後者は、同じ場面で同じ立場に立たされたらどうするか?同じ失敗をしないためにどうすればよかったかという対応策のことです。
反省点については、畑PMと私の意見は一致していたので、客観的にとらえることができたと思います。
そこで学んだことがあります。
開発は長いようで短いです。
最初はターゲットを狭く限定して始めた方がいいような気がします。
いろいろな機能を盛り込まずに、小さく完成させる。それから、どの方向へ拡張していくかというのを決めるんです。
最終的な開発像を固定したまま、開発し始めました。
そのため、いろいろなことを考慮しなくてはいけなくなり、そのための調査やテストの時間をとりすぎたせいで、納期の時間が少なくなりました。
これも言うは易く行うは難し。拡張性を考えて柔軟にすると、いろいろ考慮して開発期間が大きくなります。しかし拡張性を考えずにつくると、にっちもさっちもいかなくなります。そのバランスが難しいところです。
みなさんの発表を聞いてて共通したことがありました。
一人で開発していると行き詰ることがあるので、モチベーションを維持するのが難しい 仕事を並行しながらやるのは、時間を作るのは難しい 未踏の開発者が共通していえるのは、仕事ではプログラマーの仕事をしているわけではないことです。通常は設計や仕様を決める立場で、意外にもいつもプログラムを作ってはいません。JavaScriptを未踏で使っていても、「今年始めたばっかりですがやってみると面白いので、気がついたらこつこつとコーディングしていました」という感じです。
スクレイピングに興味を持ったいきさつと、その実現が困難なことを述べてみようと思う。
10年ほど昔からデータを取り込むために、一時的に加工することがある。
文字コードを変換したり、スペースをカンマに変えたり、数字にカンマを入れたりする。ちょっとしたプログラムを書けばできる。大昔は、awkを使ったり、PerlやPHPなどを使ってやる。古くはAppleScriptなどを使ってやったこともある。
ちょっとしたプログラム「1行プログラム」で実現する類だ。
手元にあるファイルではなくて、Webページを対象にするのはどうだろうかと、次に考える。
そのとき、オライリーのSpidering Hacksという本が出版された。世の中には同じことを考える人が山のようにいる。
だけど、仕事の片手間に必要に迫られてそのプログラムをつくるけれど、そのスクレイピングを専門にやる人はいない。ノウハウを積み上げれば、優位に立てると考えた。
独立してから時間があるので、楽天ブログのバックアップ用ソフトや「Cybozu、Desknets, Google Calendar対応スケジュール同期」ソフトをスクレイピングを使って作っていった。
一つ一つ手作りで作っていけばなんとかなるんだけれど、大きな山がいくつか見え始めていた。
認証(IDでログインして情報を取得すること) HTMLの変更への対応 欲しいデータの特定(URIとWeb内の位置) この中では認証が一番やっかいだ。
ログインしないと情報が取れない場合がある。これはデータの2次利用という規則違反の場合もあるが、「本人が目で見える情報を個人だけが利用するのは良いのではないか」という基準で考えるとぎりぎりいいのではないかととらえている。貴重なデータは会社のイントラネットの中にデータがある場合にどうにか取り出したいという顧客のニーズがあるかもしれない。
HTMLの変更への対応もやっかいだ。
企業がサービスとして公開している、Webページはときどき変更がある。
デザインを変えたり、アプリケーションを作り直したりする。その変更は、もちろん発信者の都合で、スクレイピングする方のことは一切考えない。突然で変更方法が通知されない(勝手にやっていることだから当然だ)。それをできれば自動的に修正すること、自動でなくても変更があったことを伝え、容易に修正できるようにしておくようにできればいい。
欲しいデータの特定も同様にやっかいだ。
表示されているWebの画面で、どの部分が欲しいデータだろうか?
失敗したことを後で生かしたいと思い書いているけれど、本当に頭がぐちゃぐちゃになっていて書きづらい。半年か1年経ってから、冷静に自分を見つめなおした方がいい気がする。
たぶん、こういうこともあるから、すぐには報告できなかったり書けなかったりするんだろう。
会社の倒産と違って、「自主廃業」に近いから残務整理もさほどあるわけではない。
だけど、途中までしかかっていた案件を提供してくれた人や、なかには期待していただいていた人には申し訳ないと思う。
なんのために起業したか?
ということを振り返ってみる。実は世の中の切羽詰まったニーズはない。しかし、近い将来は必ず必要とされ、そろそろ出始めているニーズに対して対応したいという気持ちがあった。
すでに、Googleをはじめとする先端的な企業や研究所は、研究し始めていると思う。またスクレイピングを専門にする会社はなくても、個人でやっている人はところどころ出始めている。
スクレイピングっていうのは、スキー板を磨くという意味もあるんだけれど、Webから情報を取り出して加工することをいう。
Webの情報がデータベースと考えれば、それを活用したい、データを集めたいという要望はインターネットが始まるぐらいのときからあったと思う。しかし、2000年頃までは、インターネットの情報が少ないこと、Web情報を取得するための言語や環境が不十分だったから、あまり発達しなかった。2000年頃からPerlなどを使って始める人が出始めていて、PHP, Pythonなどの言語を使ってやる人が出てきた。
プログラムの微調整が必要なので、JavaやC/C++などはスクレイピングをするための言語しては向かず、Perlなどのスクリプト言語が向いている。そのうち同じことを考える人が出てきて、、ライブラリを書き、そのライブラリが充実してきて開発も楽になった。Rubyを選んだのは、日本人がつくった言語なので日本語の処理に期待が持てたという理由がある。
スクレイピングというのは、大学などの研究ではやっても評価されない、普通の企業もそこまでの継続的な需要はない、マイナーな業務であると思う。だから一人でやるには意義があったと思う。
そして、このスクレイピングを応用して自然言語(日常言語)の理解までいけば、Webから情報を抽出した後で文脈を理解して、Webが巨大なデータベースとなる。検索エンジンは単に文字列を使った検索だが、自然言語を使った検索が可能だし、Webのデータを構造的に理解するようになる。
AIとして理解するのは大変だが、その前の段階でスクレイピングを使って文脈の構造を理解できるようになるのではと考えた。つまり、検索エンジンの次の世代となる。
だけど、その道は険しかった。
スクレイピングの入り口で止まってしまって、なかなか先へ進むことができないでいる。
少し先へ進むと、「WebのHTML文書から、人間が自然に読み取っているように、スクレイピングで読み取らねばならない」という問題にぶつかる。AIを実現するのは困難だが、その前段階でやれることがいくつかあるはずだ。それを見つけて一つ一つ実現していこう…
その入口は小さくても、大きな成果が待っているように見えたのだが、なかなか厳しいんだな。しかも途中の成果ではなかなか食えないしね。
うまくいけば、Google規模のリターンはあると思うんだけれど、問題は可能性が低いこと。私の頭では1000年経っても、どこまでいけるんだか。数年後にGoogleか類似の企業が実現して、さらに日本は遅れをとっていく。。
結局、夢は大きすぎて、それに耐えきれなかったんだな。
明日から?は、スクレイピングの問題点について考えてみます。
ここ数日、起業について何が悪かったのか考えることしきりである。
「起業バカ」「起業バカ2」という本を読んでいて落とし穴について知った。そのため最悪のケースに陥って身動きがとれなくなることはどうしても避けたかった。
あとは一昨日書いた「覚悟」の問題もあるけれど、精神的に自分自身が袋小路に入っている点がある。ずっぽり土の中に埋もれている感じがして、どうにもならないでいる。
独身だったら、1年ぐらい世界中を旅行して気分を発散して、新しい気持ちで日本に戻ってくるんだが、それはできない。子どもが学校に通っていたり、妻が先進国以外は行きたがらなかったり妻のビザの問題もある。
家族で世界一周した栢野さんがうらやましい。昔1年以上世界を回った時も、家族で旅行している人にあったな。でも子どもが小学校に入る前だから可能だと言っていた。
独身の時は1年に2回は海外へ出てストレスのたまる日本から脱出していたのに、結婚してからはせいぜいフィリピンだけ。ストレスがたまりすぎたのか。それとも才能がなくなってきたのか。そもそも才能がなかったのか。今に思えば、独立したときにインドへ1か月でも行ってくればよかった(計画は立てたけれど妻の反対がありいけなかった。独立するのにそれはんなんだと)。ナマステー
いまは、事務所の撤退に伴う、事務用家具の処分や引っ越しなども含めて、頭がいっぱいである。
もうすぐ、娘は小学校の卒業式を迎えます。
ヘタレな私ですが、娘は健全に成長しています。私を反面教師にして育っているでしょうか。
娘の通っている小学校は、越境入学するぐらい人気のある公立小学校です。3学期に入って、中学受験で休む児童がふえていましたが、3月になって試験発表も終わって落ち着いてきました。なんか中学校や高校みたい。東京、横浜、大阪、神戸、京都などへも私立中学校へ受験する人もいるみたいです。ひとつだけじゃなくて、2つも3つも受験する児童もいるようです。
娘は普通の子なので、地元の中学校へ通います。卒業生の1/3?1/4は私立か国立の中学校です。でも半分以上が普通の公立中学校へ通います。名古屋は関東・関西と異なり、公立中学校や公立高校はまだまだいい学校なんです。
知多市に住んでいたときと違うのは、親が医者や弁護士の専門職や、会社の社長が多いですね。娘によると子どもにもその影響があるそうです。知多市で活発だった娘が、名古屋にきて「みんなすごい」と毎日のように言っています。なかでもプロ意識やエリート意識の片鱗が現われていること。
「日本はこうしなくちゃいけない。」とか「子どもを産んで増やさないと、日本はいったいどうなるのか?」とか、自分のことだけでなく社会として考えたりする子どもが多いそうです。両親がしっかりとした考え方を持っていると子どもにもその影響はあるようです。
エリートは忙しくて大変だから、みなさんがんばってください。
私の娘と息子は、私を反面教師として同じ失敗をしないで立派に育ってください。
娘は最近、中学校に入るにあたって成績を気にしはじめたり、高校や大学をどうしようかと考え始めているようです。とうとう周りの影響を受け始める時になりました。娘が大きくなって一人の大人として話すことができるようになったのは、頼もしい感じがします。
(追記:
このところ、娘が「面倒くさい」「めんどい」とか連発するので、「面倒なことこそやらなくちゃいけないことだよ。やる前から面倒といかいう前に、どうやれば面倒なことが楽になるか考えなさい。」と注意していました。
算数の問題も少し難しいと「めんどう」とかいってやる気がなかったのですが、今晩は難しい問題にチャレンジして、わからなくてもなんとか理解しようとしました。いいんじゃない。)
ただ私が親に言われたように、
「地元の公立高校、国公立大学へ行くように。東京の私立大学へ行かせる金はない。」
と今から口を大にして言っています。
賃貸住宅の家賃が高いので、子どもの教育費にかけるお金は減ったんだなぁ。
こうやって、起業失敗の理由を振り返って考えているのだが、結構ぐちゃぐちゃだ。
客観的にとらえようと思っていても、いつの間にか主観的になってくる。
何が良くなかったのか、どうすれば成功したかと考える。
いろいろな人の起業や経営に関する本を読むと、起業家の「覚悟」のようなものではないかと思う。最初の決断も最後の決断も、自分だけがするしかない。真剣に決断をして、どこまでその決断を守っていくのかということになる。
自分で事業をやっているときは、その決断をどれだけ実行できるかどうかを見ている人はいない。さぼっても注意されない、まじめにやっても誰も評価しない。大切なことは、売上であり、利益なんだな。誰も評価しないから、自分で客観的な評価をする。
なんか書いている間に、こうやって普通のことを書いてもしょうがないと思った。
やっぱり、覚悟なんだな。
未踏の開発をしているときは死ぬ気でやっていたのだが、家族がいると死ねない。
その覚悟が最後の最後で持てない。それが影響しているのはあるかもしれない。
また逆に家族がいるからこそ、できるということもある。
それはやりがいだったり、自分が背負うものだったりする。無茶はできないし、法律も社会の秩序を守る方になる。テロリストや、スパイなどにはなれないだろうな。
モチベーションの問題もある。
何のために事業をやるのか?生活のため、やりがい、夢、野望などいろいろあるけれども、それは強いモチベーションでないとやれない。事業を続けるのは大変なことで、たくさんの課題が目の前に現れる。小さなモチベーションではそれを乗り越えられない。次から次へとやってくるものでは、疲れきってしまう。
私もそうだった。どこまでやりつづけるかということが問題だった。家族を捨て事業だけに注いでいたらもうちょっとやれたかもしれない。現実はそれができなかった。私にとっての限界の一つだった。
恐れていたことは、「将来的な夢のようなものを目標に」していればモチベーションが持ち続けることができるが、「生活のために」したとたんにモチベーションが下がってしまうこと。その低いモチベーションを維持するために、毎日こんな仕事をつづけたくなかった。
事業の内容は、スクレイピングと決めていたが、ターゲットがはっきりしていなかった。スクレイピングを事業にするならば、Yahooや楽天のような大手のIT会社に売り込もうと思っていた。しかしそれは時間がかかり大変なこと。生活の糧を得るためには、地元の小さな仕事をやっていかねばならない。しかしそれは経営理念と少しずれがあると感じていた。
なんでも自分にやれる仕事をやろうとすればなんとかやっていけるかもしれない。
しかし、それではなんのために事業を始めたのかということと矛盾する。
社長というタイトルが欲しかったわけではない。一人でやりたいわけでもない。
ただやりたい仕事をしたかっただけで、こういう道を選んでしまった。
そういう矛盾のなかで突き進んでいて、矛盾を乗り越える大望があればそれでもいいが、そうでないときは矛盾の塊で滞ってしまった。
結局は、独立してから3年その矛盾のなかでどうしてよいかわからず、「もういいや」という気になったのが一番のやめる原因かもしれない。
ほとんと書いてアップしようとしていたら、楽天で「今アクセスが集中していますので、、、」というアナウンスの表示。再度更新しようとして何度かアクセスしたら、アップした内容は全部消えてしまいました。
こういうときは本当に困ります。って、ひとごとかい。
経営資源のヒト、金の次は、モノ、場所、情報でしょうか。
モノは、ソフトウェア開発ですと今はあまりお金はかかりません。
一昔前は、大型コンピューターやミニコン、ワークステーションっていうお金のかかるもの必要でした。今はせいぜい100?200万円あればどうにかなるでしょう。
私はノートパソコン、デスクトップパソコンともそれぞれ10万円かかっていません。メモリーを足したり、ハードディスクを後から足しますが、全部消耗品扱いになっています。
実際に3年はもたないですもの。せいぜい2年ですね。
他には、机やテーブル、椅子、本棚、冷蔵庫などです。
机とテーブルは大きいのが欲しかったので買いましたが、他は全部もらいものですましています。
場所は、名古屋市中区新栄で、地下鉄駅から徒歩5分という良い場所にいると思います。都心から若干離れていますが許容範囲です。とはいえ業務内容として、東京にいた方がもっと良かったかもしれません。離れているからこそ、独創性が生まれる可能性はありますけれど。
家賃は愛知県が提供しているあいちベンチャーハウスに入居しているので、15平方メートルで4万円ちょっとと破格の値段です。他に駐車場として1万円。これも安いです。ただ1人で仕事をするにしては少し広すぎました。
ソフトウェア開発の場合は、机一つあればできるので、どこでもいいんですけれどね。
静かな場所であれば自宅でも。自宅の場合は、妻や子供の邪魔が入るという不便さがあるので、離れの一室であればいいと思います。
そういえば、この事務所の一つ難点がありました。隣が会議室ですが、入ってわかったんですが音が筒抜けで、2階3階の人たちが頻繁に会議室として使うんですね。2日に1回、だいたい事業時間の1/3?1/4は隣りから音が漏れてうるさかったです。
ただ「あいちベンチャーハウス」といっても、ベンチャー企業はほとんどありません。IT関連の下請け企業がほとんどです。入居してからわかったことですが、幻滅しました。生業を得ていくにはしかたないことかもしれませんが、お互いに研鑽していけないので残念に思いました。
情報はほとんどインターネットから入手して、こうやってブログを書いたりして多少の情報提供をしています。これも一昔前と違って、情報のやりとりは格段に便利になりました。
こうしてみると、モノ、場所、情報については、ほとんど問題はなかったといえます。
ヒト・金の問題につきるんですね。
でも何か大切なものを忘れているような気がするんです。
経営資源とは別の視点で見てみようと思います。
ヒトについてはまだまだありますが、結局自分のことになるのでやめておきます。
金について
お金は潤沢とはいえませんが、貯金がありました。
1300万円ほどです。
飲食業では開業資金として、数千万のお金が必要だそうです。
店舗を賃貸して、改装して、いろいろな道具を得るためのお金。
最初の広告宣伝や軌道に乗るまでの数か月のキャッシュフローとしてのお金です。
投資した金額は大きいのですが、リターンは少ないのが飲食業。
お金さえあればスタートしやすいので、競争が激しいです。
団塊の世代が退職金を元に蕎麦屋などを始めようとしますが、競争が激しいのでどうなるんでしょうか?
ただ飲食業の場合は、お客さんが払ったお金がすぐに手元に直接入るので、ソフトウェア開発と違ってキャッシュフローとして楽になります。
製造業の場合は、工場をつくる初期投資が必要です。機械を購入する投資も必要です。
小さな会社でも数千万円、いや数億のお金が必要かもしれません。そして一人でやっていくのは大変でしょう。
自分が土地をもっていればどちらも初期コストを低く抑えられますので、キャッシュフロー的に楽になります。
初期投資の費用を借金すると大変です。借金の返済は、売上の利益から税金を引かれた後に、借金を返済することになるからです。賃貸物件やリースの場合は、税金を引かれる前に経費として引くことができるので、多くの会社は税制上そうしていることが多いでしょう。
税金は少なくすみますが、利益が圧迫されることには違いはありません。
事業を始めても、賃貸物件、リースなどの経費を引かれて、社員に給料払って、手元には何も残らない。社長としての収入がほとんどない、いやそれどころか赤字。何のために俺は働いているのだろうかということはざらです。いえ、私もそんな感じです。
通常ビジネスを始めるときは、自己資金だけでは足りなくて、国民生活金融金庫や銀行から借りることが多いです。 私のケースでは、借りるかどうか悩みました。
無担保で借りることができるので、失敗しても返さなくても負担になりません。
事業に失敗しても借金は返さなくていいのですが、いづれそのツケは回ってくると思い、狩りませんでした。それで自己資金でやりました。その自己資金が増えればいいなと思い、株にも手を出しましたが、なかなかうまくいきません。結局は3年でお金をほとんど使い、あと1年で残高が0になる状態になりました。
そのお金もすべて株に化けていて、すぐには現金にできません。
1月に手持ちの資金が0になってお金を別の口座から移すことになりました。
本題の、失敗した理由をビジネスの経営資源であるヒト・カネ・モノ・場所・情報などの点についてみていきたいと思います。
どの会社もそういった経営資源が潤沢にあるわけではありません。
逆にいえば、会社は経営資源のどれかがいつも足りない状態にあり、その不足を補うのが経営課題だと思います。それを克服できれば、一つ上のステージに上がることができるのではないでしょうか?
ヒトの問題。
ヒトは私だけです。
ひとりで事業をしているようでいて、いろいろな方と知り合いになって相談を受けたり相談したり助け合っています。そしてその中で仕事をお願いしたりお願いされたりしていますから、決して単独で仕事をしているわけではありません。
でも社長は孤独と言われます。
大会社の社長も中小企業の社長も個人事業主も、みんな孤独です。
それは経営判断を自分でしなくてはいけないことと、最終責任を背負わなくてはいけません。
その判断が客観的に正しくても間違っていても、自分で下さねばなりません。
もちろん、周りのいろいろな人に尋ねてみたり、コンサルタントや部下にアドバイスを求めるでしょう。しかし最終判断は、よくわからなくても、やるかやらないか、やるとしたらどうやってやるかの判断をしなくてはいけません。自分の上には誰もいないので、それを上司に任せることはできません。
それが大変なことでもあり、自由であり、醍醐味でもあります。
仕事の内容はソフトウェア開発ですが、これが一人ではつらい。
ソフトウェア開発の中でも、できるかどうかわからないことをやっている。
確かに動きそうだというシステムならば、何をつくるかまとめてそれを流すだけでいい。好き好んで、うまくうごくかどうかわからないモノを作っている。
お客さんに「これつくって」と頼まれて、「できるかどうかわからないけれど、とにかくやってみるわ。」という。
やってみて、「すみません、一生懸命やっても、動きませんでした。ライブラリにバグがあって、英語の表示はできるのだけれど、日本語がどうにも表示されません。ライブラリのバグが解消されたらなんとかなると思います。」
「それじゃ困る」
「では自分でライブラリを作ろうと思います。時間が3か月くらいかかります。その分の費用はどうしましょう?」
てな具合に、仕事が進むかというと、、、、、
そんな仕事をやってきたので、100%うまくいくかわからない。
リスクが高いが、リターンが多いかといえば、、リターンはたくさん取れないんだよねぇ。