こんなことを書くと嫌われるけれど、実はスポーツは嫌いなんです。
負け犬の遠吠えと思っていただいてもかまいません。
ちょうど、世界陸上とかサッカーのオリンピック予選とか行われています
が、見るのもやるのも好きではありません。
小学校時代からトラウマがあって、スポーツをやる人たちのそばで嫌な思い
をたくさんしてきたものです。
陸上や水泳などの競技種目では、コーチは良い記録を出すと人間扱いをして
くれますが、結果が悪いとけちょんけちょんにけなされて、人間扱いをして
くれません。「もうどこへ行ってもいいから、2度と来るな!」というよう
なことを暗に言います。
小中学校では、自分の知らない体育協会という組織があって、勝手に大会を
催して、その中で階層的になっている組織があります。大会の最初には、知
らない人が炎天下で、長?い挨拶。どうでもいいようなことを、次から次へ
手話します。その大会の偉い人のしもべが大会を取り仕切り、そのさらにし
もべがそれぞれの種目の運営に当たります。そのしもべの言うことは絶対
で、線を越したら線を越す。例え判断が間違っていても、絶対です。恐る恐
るそういったルールよりも人の判断の方が正しくて、選手は振り回されます。
選手も人の足を引っ張ることでのし上がって生きます。
練習を積んで、人知れず苦労しながらやるというよりも、心理的なことで人
の足を引っ張ることが多い気がします。
そういう経験を何度かして、大きなトラウマができました。
学問の世界も似たようなところがありますが、基本的には世界を相手に競争
しています。ルールも自分で発見し作り出すことがあるので、まだ救われます。
世界陸上を見ていて、100mを走るのに9秒8だか9秒7だかという世界
記録を打ち立てるのにどんな意味があるんだろうという気がします。遺伝的
引越しもどうにちか落ち着いてきました。
最近気になることがあります。
「おとうさんの帰る場所ってあるんですか?」
もちろん、寝るために帰るところはあります。
妻も子どももいます。
ただ、家に置いているものがほとんどなくなりました。
私のもので家にあるものは、服や靴、髭剃りなどの生活に必要なもの。
昔購入した本が多数。いい本だと思っているのは残してある。
それ以外のものは、、、、全部事務所に持ってきてしまいました。
服や靴は数日分のものがありますし、季節のものもありますが、それ以外の
私物はありません。たぶん私物は全て事務所にたくさんあると思います。
妻は専業主婦なので家にずっといるから、家は妻にとって機能的になってい
て全ての空間は妻のようなものだ。大切な書類やはさみや糊はどこにあるか
自分で探すと右往左往してしまい、自分で探すより妻に尋ねた方が早い。
引っ越す前はモノのありかはまだ分かったのですが、引越し後は妻が自分の
やりやすいようにアレンジしなおしたのでもう分かりません。私の私物を入
れる場所もわずかとなってしまいました。娘も息子も自分の部屋を持ち、自
分の空間を持っています。
なんとなく、通い亭主のような気がします。
妻は女房といいますが、「房」というだけあって部屋・空間を所持する生き
物なのかもしれません。
男は性欲と引き換えに、こういったことを女性に渡している生き物なのかも
しれません。思い起こせば、平安時代の貴族も男は通い夫で、女の寝所に夜
這いをするものでありました。
たけしさんが「しばらく家に帰っていない」という発言も最近なんとなく最
実は「死の棘」という本も映画も見ていないのだが、このページを見てあら
すじを知ってしまった。見てみたいのでレンタルビデオ屋で探してみよう。
http://www.jttk.zaq.ne.jp/baags702/gou025.html
「泥の河」の監督だった小栗監督が映画を撮った作品である。
夫が仕事や夢にかまけている間、妻は自分が夫に尽くすことが自分の人生だ
と考えている。夫は好き勝手に過ごし、浮気までする。
妻はその事実を知り、夫を責め、気が狂ってしまう。
という話です。
妻は結婚してから自分の人生を、夫のために尽くすという話です。妻の愛は
夫を支えているところです。しかしそれが裏切られたということを知ると、
妻は夫を責め、自分を責めて、やがて気が狂ってしまう。
それが我が家の場合と重なってしまいます。
私は浮気・不倫をしたことはありません。妻と大喧嘩をしたりすると、浮気
の虫が走り始めたり、風俗へという気持ちが全くなかったとはいえません
が、結果的にありませんでした。
結婚して数年立てば愛に冷めて、情で一緒になるというのが真実かもしれま
せん。
夫婦の関係はお互いに人間であるので心の迷いもありますので、お互いに
「愛」という幻覚を信じて、脆い関係を壊さないようにしているのかなと思
いました。
近いうちに、DVDを借りてこの映画を見たくなりました。
本も読まなきゃ。
実際に、ゲオで映画を借りてきて妻と観ました。
DVDはなくてVHSテープでした。
映画は昭和30年代。夫は文筆業で生計を立てていて、専業主婦の妻と子ども2人で生活を送っている。ごく普通の家族だ。夫は妻が専業主婦で家を守ってくれているので、自分の夢を追いかける。そして仕事を理解してくれる女性と浮気をする。
知多市の各小学校のバスケットボール部が集まって、知多市で優勝決定戦が
行われます。娘は2学期に新しい小学校へ転校することになるので、夏休み
中にあるこの試合にぎりぎり出させてもらうことになりました。
当初、1学期が終わってから引越しすることで、試合はどうなるの?と
「私」が心配していた。卒業式が終わってから引越ししようか?と娘に尋ね
ました。
娘は1日でも早く引っ越したい!という答です。
そのためには、バスケットの試合もしかたないね。
えっ?
娘の迫力に押されて、引越しを決めることになりました。
今日、朝7時に家族で知多市へ向かいました。
8時に小学校に着いて娘を降ろし、試合の前に学校で練習に参加させました。
その後、名古屋よりもガソリン代の安い知多市でガソリンを入れます。名古
屋だと1リットル141円ですが、知多市では132円。40リットル入れ
て360円ぐらいの得ですが。エンジンオイルもついでに交換して。
そして知多市の体育館で、娘がバスケットボールのユニホームを着て試合に
参加するのを応援していました。
娘は久しぶりに友達とプレイするのでチームワークは大丈夫かなと心配して
いましたが、すぐにカンを取り戻したようですね。バスケットボールをプレ
イしている娘は、かっこよかったです。いつの間にか、娘はすくすくと成長
していたんですね。
今日は2試合をしましたが、順調に勝ち進みました。
今日負けると一緒に帰宅するのですが、勝ったので明日の準決勝、決勝に進
みます。
仕事をせずに気分を変えたので、一気に鬱な気分は吹っ飛びました。
このブログは家族や親しい人が呼んでいるので書きづらいけれど、個人事業
主として独立していく覚書なので書いておきます。でもあまり気にしないで
ください。もし独立される方にはこういうこともあるなと思ってください。
私は子どものときから楽天家と言われた、天性の楽天主義だと思う。いつも
楽しいことしか考えていないようなところがある。息子を見ていると、天真
爛漫で自分の思い通り生きていて楽しいだろうなと思う。
独立してから2年、これまで落ち込むことはあったけれど、
・頭が重い
・何をやってもやる気が出ない
・夜眠れない
・「死にたい」と思うことが多い
・どんなことにも感動を覚えない
一方で食欲はある。ゲームを楽しむことができるという点もあるが、「うつ
病チェックリスト」というのをやってみると、63点だった。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/smkms/homepage1/dep.htm
みなさまもご自愛ください。
ヤフオクで手に入れた、ハードディスク。
最初にRD-XS41に入れたときは順調に動いていたのだが、そのうち同じ
ER7061エラーになった。
ぐすん。もう1台あるからそいつも明日確かめてみようっと。
このハードディスクは新品のようだけれど、パソコンで動くかどうかも
チェックしなきゃ。
追記
新しいハードディスクを持って、家に帰ってセットアップしようとする。
すると、DVDレコーダーは電源が入って、なんか動いている様子。
息子が「昼に電源を入れたら動いていたよ」ということをいう。
えっ、勝手に直っちゃったの?
録画テストをして、それを再生させてみると、ちゃんと動いている。
昨日のER7061エラーって何だったんだろうか? とりあえず様子を見ます。
日曜日は家族デー。
図書館とイオン熱田店へ行った。
瑞穂区の図書館で、家族分の名古屋市の図書館カードを作った。自宅から
ちょっと遠いし、駐車場が無料なのは30分までだから、知多市の図書館よ
りも使い勝手が悪いなぁ。知多市の方が広くてゆっくりできる。本は知多市
にあってこちらにない本もあるし、その逆もある。駐車場のことは都会だか
ら仕方ないけれどね。
イオン熱田店へ行って、イオンのカードをつくることになった。今日はカー
ドを持っていると5%引きの日だから、何か買うかもと思ったが結局買わな
かった。イオン東浦店へ行ったときは作る気がしなかったが、近所にジャス
コ八事店もあるのでお世話になるかもしれない。
引越しすると近所のお店や行動様式がガラッと変わることになるなぁ。その
代わりイトーヨーカドーが近所にないので、こちらのカードは解約すること
になりそう。他にもレンタルビデオ店だった夢屋書店のカードもいらなくな
るし、整理しないといけない。
これまで妻の銀行口座や証券口座、カードなどの申し込み書類は、私が代筆
して署名だけ妻が書いていた。妻は日本語が未だに書けない。ひらがなはど
うにか、カタカナは怪しい、漢字は名前だけだ。
しかし今日は「自分で記入してください」と言われた。
私の代筆は認められず、名前、住所などを全部自分で書くことになった。
名前や住所は英語でも良かったが、フリガナはカタカナで書いたり、引き落
としの銀行名や口座人の名前(私の名前)は漢字で書くことになった。妻は
さっぱり分からず、私や娘が別の紙に書いて、それを妻が移すことになっ
た。私の名前を除けば小学校1、2年レベルなんだけれど、、、、、
妻は四苦八苦して、普通の日本人の3?4倍の時間をかけて、がんばって書
暑いと頭がおかしくなりますね。
Amazonの注文はいつもクレジットカードなんですが、何かいつの間にかコン
ビニ払いになっていました。暑いのにわざわざコンビニへ行かねばならない
のか・・・・・もう発送準備に入っているのでキャンセルできないし。
しかしAmazonはちょっと頭が悪い。
本をいくつかまとめて買いました。その中に発売予定の本があったら、その
発売日まで発送を待っているのです。どの本も単価が1500円以上なの
で、先に送ってくれてもいいのに・・・・
私も暑さのせいで細かい考えが及びませんでした。えっ、暑さのせいだけで
はないって、、、、すみません。
毎日暑い日が続き、体温を越えています。
こんなに暑いのは本当にインド以来です。日本では37度を越えるようなこ
とは体験していませんでした。しかし昔インドへ行ったときは、40度を越
える暑さというのは予想がつきませんでした。だって、体温が42度になっ
たら血液が固まって死んでしまいます。
インドでは40度どころか50度という猛暑もありました。
日中に外にでるとサウナに入っている感じでした。
でも、そのときパスポートとお金を盗まれてクーラーの中に涼んでいる余裕
はありません。こんな暑い中を大使館、銀行へ歩いて周ったものです。たぶ
ん1日20km以上は歩いたと思います。よく生きていたと思います。なにせイ
ンド人も40度を越えたら、誰も外で働いていません。
夕方40度を下回ると、人が動き出して、リキシャーが動き、お店が開きま
す。でも、日本の方が日差しが強く感じますが、これは木が少なかったりエ
アコン熱のせいでしょうか。
また時を同じくして、株の下げがとまりません。
1981年頃に上映されたこの映画を見たのは、テレビで1985年頃に日
曜の昼間に放送されたときだったか、ちょっと覚えていない。
ここ毎日の夏の照り返すような外を歩いているとこの映画をいつも思い出
す。貧乏や自分のやるせない環境を必死に耐えるという、強烈な印象を頭に
ずとーんと打ち付けた。
昭和31年大阪の安治川河口で暮らす男の子が、舟に暮らす兄弟と一夏の交
流をもつ話である。兄弟の母は舟で売春をして生計を立てている。
泥の河(Wikipdia)
宮本輝氏のデビュー小説で小栗康平のデビュー作品である。モノクロ映画で
たんたんと進み、俳優や女優は好演でドキュメンタリーのようなとても良い
映画だった。
この映画のシーンは毎年の夏に思い出すだけでなく、アジアの国へ行くたび
にフラッシュバックのように思い出していた。
それが私が1986年に行った中国はどこもそんな感じで、蘇州から杭州あ
たりの上海近郊の運河地域は、経済が発展しつつある中国で工場廃液や生活
廃液を流している。昔ながらの小船が運送や人を運んでいる状態であった。
私も蘇州から杭州から舟に乗ったが、夏の暑いときで、河から匂いが立ちこ
めそんな雰囲気でフラッシュバックを伴った。
それから東南アジア、中東もスラム地域は同じようなところを見てきて、
「泥の河」の物語が何度も世界中で起きていると思い、そのせつなさの塊を
覚える。
#後日、別の番組で小栗監督がたしか「徹子の部屋」に出ていたときにこの「泥の河」で話していたところを見た。映画の制作費について、映画好きなお金持ちの人が「いい映画を作ってください」とお金をポンと置いていってくれたので、自由に映画を作ることができたという話をしていた。しかし、もっと後になってわかったのだが、その人は木村プロダクションの木村社長で、もともと鉄工所の社長であったが映画好きがこうじて、自分でも制作や監督、原作をするぐらいの人であったので、たんなる映画好きではなくてプロである。
今日は終戦記念日。
「耐えがたきを耐え...」で始まる、天皇の玉音放送は毎年どこかの特集
番組でやっているので、戦後世代(そんな言葉は古いか!)の私の耳に響い
ている。
平成生まれの娘が「日本は昔戦争をしていたんだよね」と耳にしたことをい
うと、息子が「へ?」という始末。
「戦争が終わって、僕らが生まれた。戦争を知らない子どもたち?さ?♪」
なんて歌は遠い昔なんだろうな。
私が生まれたのは戦後20年を経った、昭和40年。もの心ついたころに
は、戦争があったのは20年以上前で遠い昔だと思っていた。しかし、今
20年前というのは20代前半の頃だ。そのときの記憶は鮮明に覚えてい
る。だから私がもの心ついたときに、50代ぐらいの大人は鮮明に戦争のこ
とを覚えていたんだろうと思う。そういえば、10歳頃にみたドラマではた
びたび戦中に一緒の部隊にいた人たちが忘年会をするようなドラマがあった。
「田中、鈴木、中村は良く戦った。あいつらが生きていたらな。」
「山田班長、私の命を助けてくれてありがとうございました。」
「しかし、あの憲兵の野郎は許せないよなぁ。」
そして最後に「貴様と俺とは、同期の桜?」という歌を合唱しているシーン
を覚えている。
(名前は姓の多いものを取り上げたので気にしないで)
最近バブルのときの話が映画になったので、私たちのバブル時代はその当時
の戦争とほぼ同じような時期に重なるということかな。
世界中のあちらこちらで戦争が続いている。戦争がなくなるのはいつなんだ
ろうか?人間が喧嘩をする以上、大きな喧嘩である戦争が終わることはない
のであろうか?