Yahooカレンダーからスケジュールをダウンロードできるようになったんだけど、Yahooの認証方法が変わってしまったようだ。
これまではユーザー登録のときしか、上図のように「画像から英数字を入力しろ」というのがなかったんだけど、ログインするときにも必要になってしまった。
うぅ、どうしよう。これでプログラムからログインできねぇ。
(この画面はブラウザのCookieを消してから、Yahooでログインすると出てきます)
対策としては
この画像から数字を読むプログラムをつくる 携帯になりすまして、アクセスする Yahoo APIを使う もっと考える Yahooをやめる 1は、研究課題になるぐらい難易度が高そう。でも完成して裏の世界に売ったら、高く売れそう。
2は、可能性は高いけれど、アクセスするIPが携帯サイトからでないとすぐにばれそう。
3は、APIとして提供されていない。そもそも私の作っているプログラムが、勝手にAPIをつくっているようなものなので諦めよう。GoogleではAPIをそのまま使おうと思うけれども。
4. はアイディアがある。ただこれがYahooにわかると対策を取られるのでやめておこう。
4に限界を感じたら5を採用して、Googleだけにしようかな。
そもそも今日の途中まできちんと動いていたのに動かなくなったのは、Yahooにばれてしまったのだろうか?
何も不正アクセスをしているわけではない。自分のIDとパスワードをつかって、自分のスケジュールを取得しているだけなのに。
せっかくプログラムを作っていて5月中にスケジュール同期プログラムを完成させようと思ったのにぃ、まだ「振り出しに戻る」という目が出た感じ。とほほ。
楽天さんもスケジュールサービスをやってくれないかな。
医者から次のように宣言されたら、あなたはどうするだろうか?
「あなたは癌です。もう施しようがありません。余命半年ですから、悔いのない余生を送ってください。」
あなたはその言葉を聞いた後、わけがわからなくなる。
その後で、医者の言葉を疑う。「本当にそうなのか?誤診ではないのか?」
そしてなにか無性に怒り出す。
その後で現実を自分が認識できると、その言葉を聞くまでの世の中と聞いた後の世の中が違って見える。
自分を置き去りにして、時間が進んでいるような気がする。
景色の色が変わる。いろいろなものが切なく生えて映り、生き物や妻や子どもが輝いて見えるようになる。
一方で自分自身を鏡で見ると、くすんで火の消えたようなマッチの残りかすのように映る。
あと半年、どうやって生きていこうか?
死後の妻や子どもに、何を残せるだろうか?
いまさら生命保険に入ることはできないし、蓄えも十分でないかもしれない。
私の医療費や看護で迷惑をかけないだろうか?
それよりも、これから死ぬまで痛みに苦しむのであろうか?
死後の世界はあるのだろうか?
何かやり残したことはないだろうか?
もしこの余命が半年でなくて、3年だったらどうなるだろうか?
悩む時間が増えるのだろうか?
それともやり残したことがたくさんできるだろうか?
では10年だったら、どうだろうか?
30年だったら、どうだろうか?
私たちは毎日その現実に直視していないが、余命は?年である。
いつかは死ぬ。
それは癌のように余命を宣告してくれる場合もあるかもしれない。交通事故で余命を宣告されず死んでしまうかもしれない。私が40歳の男性として、平均余命はあと40年。ちょうど物理的に人生を折り返したところである。
主な年齢の平均余命(平成16年)
書名: ドリームメーカー
出版: ソフトバンククリエイティブ
著者: 大下英治
値段: 1500円+税
ISBN:4797330996
ITベンチャーの旗手4人へのインタビューとそれぞれの人の半生を述べて、その人物像を浮かび上がらしています。
・ライブドア 堀江貴文
・ソフトバンク 孫正義
・グローバルメディアオンライン 熊谷正寿
・サイバーエージェント 藤田晋
最初は単なるダイジェスト版かなと思っていたが、知らないこともかなりあったのでおもしろかった。
堀江さんは逮捕前の、イケイケドンドンの話もある。
孫さんがなんども苦境に立たされた話もあるし、彼が発明にこだわっていて最初に発明した電子音声翻訳機が彼自身が作ったものではなく、それぞれの専門家に任せてつくらせた企業家の一面があったのも驚いた。昔読んだ本は、「彼が発明してシャープにその特許を一億円で売った」としか記述がなかったので、同じようなことだからと無視せず本は読んでみるものである。
熊谷社長は調整型の苦労人というイメージがある一方で、会社の業務はクレームが多く寄せられていて嫌らしいというイメージがあった。しかし、バランスよくやっているなという気がする。
藤田社長は、見栄えのよいリクルート系(インテリジェンスだが)の営業マンであるが、落ち着いた魅力のある人なんだろうなと思う。
楽天の三木谷社長が載っていないのは、プライドが高く嫌がったんだろうなと思う。
ITバブルがはじけて、たくさんのIT企業は倒産したり整理された。
mixiの知人の日記で触発されたので、ちょっと書いてみる。
近所に中学校のときに一時期付き合っていた彼女が住んでいる。
中学校2年から高校を卒業するまでの間、人生に悩み社会に嫌気がさしたときがあった。
世間では第二次反抗期というらしいが、目覚めて社会のことや自分のことをわかってくると、現実と理想のギャップに悩まされるんだよな。そして自分の身体が成長して大人の身体になり、ホルモンがどんどん分泌されてホルモンに身体が突き動かされそうなようになるんだよな。毛が生えてきて女性のヌードに興奮して、自分の意思が迷わされる。そんなときだ。
自分にとって理想の社会は、平等で誰もが自分の思うとおりにやって人生を楽しめる世の中だ。
しかし、現実の社会はお金と権力によって動かされていて、人の欲や陰謀など汚いものでうごめいている。自分自身の身体も性欲と食欲、、、(マズローの欲求5段階説)というのに突き動かされているのを知って、自暴自棄になる。
そういうのが私は行動に出てしまうので、中学校から高校にかけては激しかった。
しかし、知りたいという欲望が強く自分の将来のことも気になっていたので、その中で自分の活路を見出す。だから、デカルトやパスカルやスピノザなどの古典哲学を紐解く。もちろん読んでもさっぱりわからない。科学の方はわからないまでも雰囲気を味わうことができたので、毎月サイエンスという雑誌を読んで、科学者を夢見る。
ちょうどそんなとき、中学校2年のときに引っ越してきた女の子のことが気になった。
天然パーマがかかっていてモナリザのようなおだやかな雰囲気のある子だった。
彼女のことが気になり、なにかきっかけを作ってデートに誘い出したこともある。
彼女のことをもっと知りたくなって、夜に電話をかけて公園まで呼び出したこともあるし、休みの日には遊びに行ったこともある。
すぐにセックスという考えには結びつかなかったけれど、彼女と結婚したらどんな家庭になるだろうかと考えたこともあった。いつも彼女のことを考えていた。ただなんかのきっかけで、それが同級生にばれてしまった。みんなに冷やかされるようになって、「ちりブーのだんなさん」といわれた。ちりブーというのは彼女が天然パーマからついたニックネームである(こう書くと特定されてしまうが、四半世紀前!なので時効だろう)。彼女の友達とも仲良くなったので、わりと公認の中だったかもしれない。
冷やかされてしまうとプライドが自分のプライドが傷ついてしまったかもしれない。
急に熱が冷めてしまった。そして中学3年になってからは別のクラスになり、彼女とも顔を合わせることが少なくなった。その後、特に彼女からのアプローチもなかったので、私の一人ガテンかもしれなかった。
高校に入る前に一度、そのままではいけないといって電話かける勇気がなくて、手紙を送ったことがあった。返事もなくそのままだ。中学2年のときの同窓会も1度あったが、そのときは彼女は参加したようだったが行かなかった。
それから結婚して、両親から購入したマンションに住んでいる。
数年前、小学校と地域の合同運動会に参加した。娘が小学校に入ったため、親の私も参加することになった。そのとき、あれっ見たことある人がいるなと思った。
翌年の運動会のとき、あれっと思った人が会釈してきた。
「あっ、彼女だ」
こちらも軽く会釈をした。何と話しかけるか思いつかず、そのまま通り過ぎた。
そしてまた翌年の運動会、今度は彼女が夫らしき男の人と2人の子どもと一緒に敷物を引いて、昼食をとっている姿を見た。
妻にそっと打ち明ける。隠しておくと疑われるから、先に言っておく。
「中学校時代の友達だよ、あの女性。」
「あ?、さゆりが遊んでいる友達のお母さんだよ、ほら29号棟に住んでいるヨ。」
結婚してから太り、東京のベンチャーへ行ってから太り、そして独立してから太りました。
ん?、怠惰な生活、妻のおいしい料理、ストレス、いろいろ原因で太って醜い身体になりました。
やせようと思い肉を食べないようにしているのですが、妻と子どもの大好物は焼肉だったりステーキだったりします。タバコは吸いませんが(若い頃一時期吸っておりましたが、止めました)、禁煙と同じくらいダイエットは大変なんだろうと思います。だからタバコは苦手ですが、禁煙しろとは口が裂けても言えません。
若い頃は少し太っても、海外を放浪すると10kg近くやせました。いつも70kgぐらいだったのが60Kgぐらいまで落ちました。どんな料理でも食べるのですが、毎日あちこちを歩き回るからに違いありません。たぶん20km以上は歩いていたのでしょう。だから太りはじめたら海外へ行けばいいやと思っていたら、結婚してから妻と別行動は取れません。
そんな言い訳はおいといて、先週から妻と散歩することにしました。
たまたま今日の夜雨が止んだので、夕食後歩こうかと誘ったらのってきました。
外は真っ暗で、団地や家は明かりがついています。その家々は家族で食事をしていたり、談笑しているんだなと思います。
以前に自宅近くをジョギングしていたときは、50歳以降の方で女どおし、夫婦で散歩している人がいるのに気づきました。散歩コースのようなところも、歩くと何人かの方とすれ違います。
毎日実践するのはきっと3日坊主で終わるので、気が向いたときに行こうと思います。
最初にこの散歩を誘ってくれたのは妻でした。先週テレビを見ていると「散歩に行かない?」と言ってきました。妻の意外な面を見た思いでした。フィリピンで出会った頃は、500mぐらいのところでもトライシクル(バイクの横にお客さんの席を用意した簡易タクシー)に乗っていったのに。暑いから、足が痛いからって、歩こうとしません。
歩きながら妻とそのことについて、聞いてみました。
「お金があるときは、トライシクルに乗る。ないときは、しょうがないから歩く。」
妻は小柄なのですが、健脚です。「もっと速く、歩くよぉ」と肩をつつきます。
「子どもの頃ママに洗濯を頼まれて、川へ洗濯しにいったの。帰りは頭の上にのせて10分以上歩いたの。そのときは15Kgくらいかなぁ、あったんだよ。さゆりが小さいときは、近くのスーパーまで歩いていっていたんだよ。そのときは10Kgのお米を持って帰るのも大変だった。年取ったかなぁ?。」「そりゃ、大変だ。俺も持てないわ。」と軽く流しました。近所の大きな家を見たり、新しい家を見たり、お店を見つけながら歩きます。「あ?っ、こんなところにお店ができたんだ。あ?、あの喫茶店がなくなって、アパートになっている。」と二人で新発見をしながら、あーでもないこーでもない話をして歩きます。
結婚をして12年。もうお互いのことをすべて知っているようでいて、知っていない。
こうして1時間くらい、テキトーに歩いて家に帰ってくるのでした。
おかねもかからない、特に目的もない、ぶらぶらの散歩。
でも貴重な一時間を過ごせたと思います。
みなさんも、カップルで散歩はどうですか?
昨日は気合を入れて掃除した。
毎日事務所に通うための自動車は、パソコンの次によく使う道具。
思えば全然車の中は掃除してこなかった。いつも汚れた靴で乗るから、砂がたまる。
子どもは車の中でお菓子を食べたりして、ゴミはそのままポイ。
もう9年ぐらい乗っている車だけれど、きれいにしなきゃね。
事務所も吸い付ける紙でゴミをとっていたけれど、流行のSwibel Sweeperを安く買ってそれで掃除をするようになってから、掃除が楽しくなった。ただ机の上が乱雑だ。机の中もそうだ。本棚もそうだ。
少しずつ掃除していこっと。
きれいにしていると、運がやってくるという。福の神がやってくるかもしれない。
心の中が整理していて、明るくなり、気も上向くに違いない。
あと使わないものも人にあげるか、捨ててしまうのが良いそうだ。
博物館を開くわけではないし、懐古趣味があるわけでもないし、いつかは使うと思ってとっているものは永遠に使わないそうだ。
ふっ、大きなトンネルを潜り抜けた。
開発中のシステムの技術的な課題を一つ潜り抜けました。。。
ゴールデンウィーク前後は、どうやっていいものかを悩み悩んでいました。それが一つ乗り越えたようです。いえ、霧の中で手探りで前へ進むところで出口へ通ずる壁を見つけたような感じです。
後から思えばたいしたことはやっていないんだけれど、Rubyの不慣れとWebの基礎的な理解が足りなかったため時間がかかりました。例えていうのならば、不慣れな新しい自動車に乗って、山の中を走っている感じです。地図で遠くの目的地はうっすらと見えているのですが、この車で果たしていけるのだろうかと思っていたところでした。
このバイパスを通すためには、バスを用意しなくてはいけないかもしれない。きちんと舗装した道路を用意しなくてはいけないかもしれません。
実際にやっていたことは、IDが必要なWebシステムからデータを取り出すことです。
My Yahooや他のシステム(サイボウズなど)にログインして、スケジュールデータを取得・更新することです。暗号をかけたSSL(https)の通信をしたり結構面倒だったのですが、実現することができました。
あとは、きちんとプログラムを使いやすくしていけばいいでしょう。
5月末までに、スケジュール同期ソフトの約束をしていたのでどうにかできそうです。
さて、このソフトをどうやって売っていこうかな?
Intellisyncのように、さまざまなスケジュールの同期を取るものですが、誰にどうやっていくらで売っていくか。じっくり考えよっと。
フォワードで久保選手が外されて、代わりに巻(まき)選手が選ばれた。
久保選手は潜在能力が高かったけれど怪我をしている。
巻選手は精神力がタフだという。
ジーコ監督は、選考に頭を絞ったに違いない。
選考から外された人の気持ちをわかっているに違いない。だけど、日本というチームのベストのメンバーを選ぶときは一人一人の能力よりも、23人あるいは11人の総合的な能力がベストとなるように考えなければならないだろう。そして予選を突破するために、敵を分析して、どんなメンバーがベストになるかと。
1998年に代表から外されたカズ、2002年の代表から外された中村俊輔のそのときの気持ちを思うとやりきれない気がする。どちらも可能性が高かったし本人もやる気満々だったのに、外された。
私も小学校6年に遡るが、市の小中学校の体育大会で走り高跳びの選考練習に参加していた。
選ばれるのは選手1人補欠2人だ。
毎日授業後に運動場へ行って、2時間ぐらい練習したであろうか。
私は小学校のとき体育が苦手だったが、不思議とこの走り高跳びはクラスで1位か2位だった。それで誘われて練習をしていた。毎日一生懸命やっていた。
1学年で3組あったので、順位は3番目か4番目だった。だから選ばれるかどうかはギリギリだった。
そしてある日、今日の練習試合で選考をすると担当の先生が言った。
がんばったが、1番目になれなかった。
だけど同点2位になった。これで3番以内に入ったので、補欠には入れたと思った。
しかし、私は補欠に選ばれなかった。
私よりも成績の悪い別の人が選ばれた。
担当の先生はK先生といって学校でも優秀な先生で通っていた。しかも5年生のときの担任だった。
私はショックだった。なんで選ばれなかったのかと。
たぶん俺は嫌われたんだ。選ばれた人は好かれたんだ。
それから、「先生を信用できない」というトラウマが今でも残っている。
それから選考会には参加しなかった。またスポーツというものに対して、そのトラウマが影を落とす。中学校のときもバスケットボールを途中でやめてしまった。
自分が大人になって、大人も先生も所詮人間であるとわかった。当然、理不尽である。見た目9割で選ぶ。
私は小学校6年のときのことを云々するつもりはない。しょうがないことだ。
そのとき、なぜ私は先生に詰め寄って説明を持たなかったか?
その結果にめげず、なぜやり続けなかったか?
最近、本を読んだり人と話をしていて、同じことに触れたので書いておく。
シンクロニシティのようだが、気になっているか、それとも黄色の注意信号が出ているかもしれない。
「信用を築くのは一つずつの積み重ねで何ヶ月も何年もかかる。だけど失うのは一晩だ。約束を守って守って、何回も約束を守ると少し信じてくれる。しかし、一度約束を保護にするともう信用してくれなくなる。」
「会社の社員が仕事で失敗しても、上司が責任をとってくれる。次の仕事ももらえる可能性もある。上司が叱ってくれて、失敗の原因を教えてくれる。
しかし個人で失敗すると、お客さんは失敗の原因を言わず、ただ2度と仕事が来なくなる。トラブルがあったときは、責められるだけだ。場合によっては損害賠償をしなくてはならない。品質が悪くなったりしても自分では気づかず、誰も教えてくれない。『なんで仕事が来ないのだろう』と悩むだけだ。
先日は某所で報・連・相ができていないと叱られていた人がいた。
自分の胸に手をあてていると、自分は果たしてできているだろうか?と胸が痛んでいた。
また息子を叱るときは、いつも自分がきちんとそのことができているかと思う。といいつつ、息子を叱るのは私と妻しかいない、責任をとるのも同じだ。
痛い胸をさすりながら、今日も息子を叱る….
「ランニングと脳」という本を書いた元京都大学霊長類研究所所長の久保田競(きそう)さんによれば、人間の脳の能力は人によってさほど差がないという。
チンパンジーと人間の遺伝子はほとんど違いがなく、99.99%ぐらいまでが同じ。
だとしたら、私とあなたは親が違っていても99.999999%ぐらいまでまったく同じ遺伝子ではないか。
人は遺伝子の設計から作られているけれど、年とともに人間としては多少違いが出てこよう。
だけどそれは本質的な差はさほどないそうだ。
育ってきた環境と気質によるものが、大きな差となったまでだ。イチローにだって、もし筋肉の衰えがなければ全員がなれるかもしれない。短距離の100m競争だって、無理して10秒を切る必要はない。20秒かかってゴールを切ればいいのである。要は目的を成し遂げることが大切だ。何回もやっているうちに、少しでも早くなるだろう。いまは未開発でも、ながくやっていればそのうちなんとかなる。
身体の問題があるから、40過ぎてプロ野球選手になるのはちと難しいが、ビジネスの世界ならばまだまだだ。
ビジネスの世界は瞬発力が求められることよりも、じっくり長期にかけてやることの方が多い。
10分で仕上げろというよりは、1時間でとか、1日でとか、1ヶ月でというものの方が多い。
だから焦らずこつこつと「うさぎと亀」の亀のように地道にやっていたほうがうまく行くような気がする。
うさぎはゴールの方向しか見ていなくて、亀はゆっくり歩いている間に周りの景色を見ながら状況判断をしている。
私は大学は数学科に所属していたが、ある試験で「教科書でも何でも持ち込み可、人に聞いてもOK、何してもOK」という問題が出されたことがある。夕方5時までに答案を持ってくればいいのだが、それは「まだ解けない」問題だった。フェルマーの定理と違って有名ではないが、そんな感じの解法がわからないものだった。先生の意図はそれを解かせるために、どれだけいろいろ考えることができたかというものだった。
世の中の問題には答えがない方がいい。正解はたくさんあるけれど100点はないし、その状況によって点スルは変わる。だから答えのない問題に対して、解法を考えて、こつこつと積み上げていくのがよいのではと思う。
さて前述の久保田競さんによれば、脳の発達は死ぬまで続くそうである。
よくプログラマー35歳定年説だとか、40、50歳を過ぎると能力が落ちてしまうとか。それは、私はないと信じている。自分に限界を感じたときから、自分の能力の壁をつくってしまう。「あーあ、俺はこの程度なんだ。」とか「若いものには勝てない」とか。
私たちは経験を積むとずるくなる。あれはそういものなんだというように捉えてしまう。
モノや人に対して、レッテルを貼ってしまうのである。
例えば、同僚にAさんという人がいて、「Aさんは無口で引っ込み思案だから俺とは合わないかもしれないなぁ」とAさんを定義してしまう。Aさんは無口で引っ込み思案は俺が思っている視点で、本当は違うかもしれない、それは事実かもしれないがリーダーシップを発揮する人かもしれない。なぜそんなふうに定義づけてしまうかは、習慣付けてしまった結果の学習によるものである。自転車に最初に乗れるようになるまではすごく苦労したのに、一度その技術を獲得すると自転車を乗るのは簡単になる。人間の脳の情報処理を容易にするために、繰り返し起こる動作は簡単にできるような学習をえるのである。
それが普通の生活でも行われる。会社に入ってすぐのときは、報連相を叩き込まれたりして社会人としてのノウハウを身につけるのは大変であった。それが2年、3年経つと平気になり、やがて会社のやり方というのが身につく。上司Bに対してはこう接すればよい、同僚Cとはこういえばうまくいく、部下Dに対してはうまく管理できるようなコツをえるとか。
また、レッテルを貼ることで脳の情報処理を簡単に済まそうとしているのだ。
人は瞬間に7つのことしか記憶できない。これを短期記憶の「マジカルナンバー7」と心理学ではいう。電話番号が7桁が一度に覚えるのはベストで、それ以上のことはなかなか一度に取り扱うことはできない。詳しくというと7というよりも、6?8ぐらいらしい。
だから比較検討するときは7つのデータぐらいがせいぜいだ。余分なことを言っても、それは脳から除外される。そういう意味で、モノや人にレッテルを貼るのは脳の情報処理にとって、楽なことなんだ。これが逆に物事を簡単に片付けてしまうという欠点になる。
私たちは社会経験でこのようなことを学習していく。しかし、それに染まりすぎるとその枠から逃れられなくなる。転校や転職した経験があれば、前とやり方が違うなと感じることがあるだろう。でも学習量が多くなり、固い枠を作ってしまうと、自分がその枠からなかなか抜け出そうとしないのだ。
枠を取るのは簡単だ。
例えば仕事を辞めればいい。