風邪で苦しんでいます
沖縄旅行したあたりから、風邪を引き始めました。 旅行の疲れもあって、咳がひどく苦しんでいます。そのため、ブログが更新できていません。 妻が沖縄旅行の写真を使って年賀状を作りたいといっていましたが、、、、全然できていません。 いつも住所を書くのも含めて、全部私がやらないといけないので、また年が明けてからも年賀状を作っているんだろうなぁ。 でも風邪をひくと薬も飲んでいないのに、眠気をもよおすよね。不思議だなぁ。 昨日は午前中、今日もお昼から半分くらい寝ています。(~o~)
沖縄旅行したあたりから、風邪を引き始めました。 旅行の疲れもあって、咳がひどく苦しんでいます。そのため、ブログが更新できていません。 妻が沖縄旅行の写真を使って年賀状を作りたいといっていましたが、、、、全然できていません。 いつも住所を書くのも含めて、全部私がやらないといけないので、また年が明けてからも年賀状を作っているんだろうなぁ。 でも風邪をひくと薬も飲んでいないのに、眠気をもよおすよね。不思議だなぁ。 昨日は午前中、今日もお昼から半分くらい寝ています。(~o~)
那覇北部にある、エッカホテルという古いホテルである。40年近く前のホテルのようだ。 部屋はファミリースイートという種類で、50平方メートルくらいあり広い。ベッドが3つと畳の部屋が12畳あり、そこに布団が1つ敷かれていた。キッチンと冷蔵庫もあった。 昨日のホテルが本当に最高だな。 昨日のホテルは、某会社の研修所が紹介してくれたシカゴ市内のホテルよりも良い。これまで泊まったホテルはかなり多いが一番良かったと思う。ヒルトンやシェラトンやマリオット、これらは全部会社の金で泊まったけれども。昨日の彼女も、あそこはデートコースで有名だけれど予約は一杯でとれないし、沖縄に住んでいるからといって安くならないのよと言っていた。やはりホテルの無料サービスの古酒と泡盛をいただいてきて、プレゼントしてあげればよかった(妻からは割れたら悲惨だからととめられた)。 ホテルの朝食は、団体ツアー客がほとんどであったが、まあまあよかった。最初のホテルよりもよかった。8時頃にチェックアウトして、レンタカーの返却について確認をした。レンタカー会社でいただいた案内では、指定のガソリンスタンドで満タンにして最初に乗ったところで返すというのが条件だが、那覇に最近できたDFS(免税店)でも返却できると書いてある。 http://www.dfsgalleria.com/Galleria/Japanese/Okinawa/Okinawa_Destination_Home.html 電話で確認したら、ホテルに近いガソリンスタンドで満タンにしてもよいという。それはしてやったりと思い、ガソリンスタンドによってからDFSに行くと8時半に着いた。しかも、さまざまなサービス特典がつく。(1) DFSから空港までのモノレール券を家族分サービス、(2) 1000円分の食事券サービス、(3) 1000円分の商品券サービスの3つだ。おまけに朝の渋滞時に街を横切って空港近くのレンタカー屋まで行かずにすむ。 DFSは世界中の空港にある、DFS(デューティフリーショッパーズ)のチェーン店である。その国の税金(消費税や物品税)などがかからないので安いとされている。ここは国内であるが、沖縄へ旅行するのはあたかも海外のようなのでという特別な理由で、免税で商品が買える場所である。一応、帰りの飛行機の搭乗時間の2時間前でないと購入できない。しかし、こういった免税ビジネスの独占なので、税金がかからないことを除けば決して安くはない。税金のかかっている普通の店の割引の方が安いこともあるから、何でも安いと思うのは早計である。 妻にクリスマスプレゼントを免税店で買おうかといったら遠慮された。結局1000円の商品券は、イタリアのおいしいチョコレートFERRERO ROCHER(http://www.rocherusa.com/)の代金の一部となり、食事券は子どものアイスクリーム2つに消えた。 指定のガソリンスタンドによるガソリンは1リットル136円ぐらいと高かったが、300kmぐらい走って3000円かからなかった。沖縄は、知多半島の先っぽから犬山までの大きさかなと思う。狭いようで広く、でもやっぱりさして大きくない。 今回の旅行の自分のもう一つのテーマは、沖縄でのビジネスである。 車を運転しながら、町並みをみたり、人々の生活、米軍基地などを眺めながら考えた。 沖縄は物価も安く、暖かく、とても居心地の良いところである。しかし、小さな地域なのか産業がない。農業・漁業はしれているので、実質は観光と基地産業しかない。 自分がここでビジネスをしかけようとしても、、、、、、観光にすがるしかないだろうな。 ソフトウェア開発は資本があまりかからないけれども、顧客がいない。受注システムではなくて、商品開発をしてもいいが、沖縄の環境では刺激が少なく、才能のある開発者が少ない。残念ながら名古屋よりも事業環境はよくないと思う。 たった2回目の沖縄であるが、前世は沖縄にいたんじゃないかなと思うほど沖縄との縁を感じる。またまた沖縄を好きになった。
(写真は、喜屋武岬にある平和の碑) 昨夜からブセナカントリークラブにいる。すばらしい目覚めだった。 こんな素敵なホテルは、お金を稼ぐようにならないと泊まれないだろうなと思う。 荷物を車に積んで、レストランやレセプションのある建物まで車に乗って行く。食事の後にまた部屋に戻って来て荷物を積んで、そして戻ってチェックアウトをするような何度も往復するのは嫌なので、食事が終わってすぐにチェックアウトできるようにする。 すると、たくさんのゴルフプレーヤーがプレーし始めていた。 ゴルフはたくさんお金がかかるスポーツでこのブセナカントリークラブは少し高級感の漂うところだ。受付やレストランで働く人たちも、美しく品が良い。ゴルフをするかどうか別にして、やはり品の良いところがいいなぁ。 朝食をとって、ひめゆりの塔へ車を走らせる。自動車道を通って1時間も経たず豊見城にこれるが、分岐点でまっすぐ行くところを間違えて那覇の方へ行ってしまった。急遽、那覇の首里城へ行く。首里城のそばで、レンタカー優遇と案内のあった、少し遠い駐車場へ行く。首里城の駐車場は少し高いそうで、そちらならば駐車料金500円と入場料を2割引で売ってくれる。少しオトク。 首里城は石積みは本物、建物は戦争で焼けたので再建したものだ。本やテレビでみるように、中国と日本の文化の中間のようだ。首里城の中で娘がデジカメのカバーをなくしたので探した。もう一度ぐるっとまわるなどして、かなり念入りに探したけれど、見つからなかった。紛失届けを出して見つかったら、着払いで送ってくれるそうだ。 那覇の中心にある国際通りを通って、日本軍の基地へ行った。地面の中を穴が掘ってあり、そこに第二次大戦のときの地下基地がある。今では住宅街の中にあって公園と慰霊碑が建っている平和な感じのするところであるが、入ってみるとなまなましい感じの穴のまま残っている。地下100mまで高さ・横とも180cmぐらいの穴が戦争末期に掘られたようだ。司令官室、暗号室や発電室などが用意されているが、他は部屋らしいところはなく、怪我をした兵隊は通路に寝かされ、元気な兵隊は下士官室に立って寝たそうである。司令官室では司令官たち上層部の人たちが何人か手榴弾で自殺した、その破片による跡も残っていた。 沖縄本島の最南端、喜屋武(きゃん)岬へ向かう。途中でソーキそばを食べる。子どもたちには好評。妻はおなじものばかりで飽きたというから、豚足の入ったそばを注文する。でも豚足は脂っこく、この店のオリジナルそばの方がおいしい。ソーキと骨付き背バラ肉、かまぼこが入っている。そばはどこでも同じだが、固めの少し細いうどんだ。こんぶと豚、そしていわしでダシをとっているのかな。豚骨でだしをとるともっとおいしい気がするが、それは豚骨ラーメンになってしまうか。 喜屋武岬は国道から外れて、細い道を行く。途中はサトウキビ畑があり、道も車ですれ違うことができないところだ。着いてみると、ほとんど何もないところだが、断崖絶壁で戦争当時自殺した人もいるそうだ。眺めはとてもよい。そしてひめゆりの塔へ向かう。 ひめゆりの塔は、14年前に沖縄の慶良間へダイビングをしにいったときに、台風で琉球コミューターというプロペラ機が台風のため那覇から慶良間へ飛ばなかった。そのときにバスに乗ってここまで来たのだが、「台風のため休館」となっていて入れなかった。やっと今回来ることができたところである。「ひめゆりの塔」という映画もあったぐらい有名な話である。いまでいう女子高生が戦時に看護婦として働いて、先生も含めて220名中200人近くなくなったという話である。当時の女子高生の生き残った人が、説明員という肩書で館内で話してくださっていました。30分以上、ずっと耳を傾けていました。 ・ひめゆりの名前は花と関係なく、2つの姉妹校の名前をつなげたものであること。 ・ひめゆりという名前が有名になってしまったが、沖縄戦でたくさんの人がなくなったが、ひめゆりももっと悲惨な死を遂げた人がたくさんいた。 ・ひめゆりで看護婦として働いた人は200名以上いたが、実際の高校生は800名ぐらいいた。通いの600名は看護婦として参加せずほとんどが助かった。この200名は寮生で親の承諾を得ずに、看護婦として連れてこられたこと。あのとき親が反対していれば、看護婦として働く必要もなく助かったかもしれない。 ・沖縄で兵隊が不足したので、兵隊を徴収する法律を変えて年齢を15歳ぐらいに引き下げた。そのため、男子校の生徒の多くが兵隊として戦った。その中には、背中に爆弾を抱えて、米軍の戦車に向かって自爆する子どもがたくさんいた。ただ、多くは自爆する前に撃たれて死んだ。6台くらいは成功して、戦車が大破したそうである。 生の証言も迫力があったが、ビデオでも他に生き残った女性たちの話がつづられていた。 フィリピン人である妻は英語のガイドブックを買い、娘も証言のビデオに聞き入っていた。2人に強烈な印象を残したようである。私も生の証言を聞けたことは感動を覚えた。 そして、宜野湾市にある知人に会いに行く。 北中城インター近くにある。カーナビに地名を入れたら、そこまでの道を教えてくれる。カーナビのいう道は道路事情をどれだけわかってくれるか疑問であるが。とにかく教えてくれるのはうれしい。特に今回は住宅地なので住所しかわからない。地名と番地を入れるととても近いところに行く。実は知人の家を夜に出た後、携帯に電話がありビデオカメラを置き忘れたとの事。夜にもう一度戻ったときに、カーナビは役に立った。 夕方の4時頃、約1時間ぐらいかけて知人の家に着いた。 カーナビのおかげで近くまで来たのだが、アパートがわからない。近くまで来たら連絡するように伝えていたので、電話をかけた。1歳2ヶ月のお子さんがいるので申し訳ないけれど、出てきてもらった。すると遠くに子どもを抱えた若い女の人が階段を下りてくるのを見たので、5年ぶりになるが一目見てわかった。彼女には銀行にお勤めの夫の車の駐車場に停めさせてもらい、彼女の家に家族で行った。 彼女は私の住んでいるところで知り合った女性である。娘が幼稚園に入る直前の「タック」というプリスクールで、彼女の息子さんと同じクラスになったので知り合った。住んでいるところはすぐ近くで、とても気さくな人だったので仲良しになった。もう7年前くらいだろうか。娘も3歳ぐらいだった。公園で遊んでいるときも、彼女の方から話しかけてきて、よく話した。といっても、よくしゃべる人で私は相槌を打っているほうが多かったが。 彼女はタックのおかげで妻ともよく話した。当時の妻はあまり日本語がわからなくて、ときおり私の通訳が必要だったが、それでも彼女はよく話してくれた。妻にとって、初めてできた日本人の友達といってもいい。彼女も実は、沖縄の名護市出身で短大のときから名古屋に来ていて、さびしかったのかもしれない。彼女は20歳ほど上の男性と、親の反対を押し切って結婚して暮らしていた。だけど結婚生活はうまくいっていなくて、知り合って2年ほどで逃げるようにして離婚して沖縄へ帰っていった。 それからは年賀状のやりとりや写真を交換していたりをしていた。
常滑にある中部国際空港へは1時半頃に着いた。 沖縄旅行は阪急交通社のレンタカープランに申し込んだ。往復航空券よりもずっと安いツアーって、なぜと思うんだけれど?子どもがいるのでレンタカーの方が時間が自由に取れてよい気がする。 旅行会社の受付へ行って、搭乗券や宿泊券、レンタカー券などを受け取った。 クリスマスのイルミネーションがあったり、大道芸人がタブリングをしていた。 15時発JALで沖縄へ飛ぶ。機内では飲み物をいただいたり、子どもはおもちゃを貰ったりした。2時間半弱で那覇空港へ着いた。那覇空港で荷物を受け取り、少し歩いてレンタカーのバスにのる。 20分ぐらいバスに乗って、レンタカー会社に到着。 他にもたくさんのお客さんがいて、一緒に申し込んだ。 レンタカーは既に料金に含まれているが、免責補償制度(C.D.W)に申し込むかどうか聞かれた。 費用は、(1500円/日×4日)*1.05=6300円 ちょっと高い。 任意保険のようなものかなと思って申し込んだ。 ただよく見ると、もともとレンタカーの費用の中に保険が入っている。 対人無制限 対物500万 車両保険 搭乗者補償1人当たり1000万円 これに免責補償制度は、対物と車両保険の免責5万円ずつ計10万円の保険だ。 この10万円分の費用に対しての保険が6300円。 ちょっと高い気がするが、勧められるまま入っていた方がトラブった時のためにいいのかもしれない。 ちょっとした傷などは自腹で負担しなくてはいけないかもしれないからだ。 とはいえ、レンタカー費用も4日間でおおよそ1万円ぐらいなんだけれど。 それ以外に万一事故を起こした場合、休業休車補償料”N.O.C”(ノンオペレーションチャージ)というのが発生する。これが自走可能な場合は2万円で、自走不可能な場合は5万円+レッカー代がかかる。 これは先の免責補償制度とは別。
昨日は夜着いたから景色は全然見えなかったけれど、朝に走る景色は美しい。 町並みや樹木はフィリピンのものと似ている。南国だから当たり前かもしれない。私たちにとっては、フィリピンの田舎町がもう少し発展したらこんな感じかなという印象を受ける。家のつくりもブロックとむき出しのコンクリートで作ってあったりするし、ペンキもなんとなく中途半端な感じ。沖縄の貧しさを感じた。ただ、私はこんな雰囲気が結構すきなんだけれど。 名護へ30分そして、そこから沖縄島の北岸を西に向かって車で飛ばす。国道58号線だ。ほとんど一車線だけれど、景色がおもしろい。名護市役所はレンガとブロック風の建物で面白かった。結局1時間半くらいで、琉球村へ着いた。琉球村は、那覇からは案内がわかりやすいが、名護から来るとわかりづらかった。カーナビも途中で表示をやめてしまったから、困った。 琉球村は、知人から勧められた場所。名古屋でいうと明治村やリトルワールドのようなものだ。沖縄の古い民家があり、そして沖縄の民謡や踊りなどを見せてくれるところだ。レンタカーでもらった地図にある案内をみせると、10%オフにしてもらえた。そして、同時に「ハブとマングースショー」も含めてみた。ちなみに、大人は両方で1100円。琉球村はなかなか楽しめましたよ。民謡と踊りは久しぶりに見たし、いいんでないかい。でも半日で十分だった。「ハブとマングースショー」は30分おきにやっているけれど、司会者が上手だった。30分おきに毎日やっていれば、それは飽きるかもしれないけれどね。 ハブとマングースの戦いは4年前に、動物保護条例が公布されて以来実際に戦うことができないそうだ。そのため、3Dの映画で見ただけだ。ショーの後、ハブの粉や油を販売していて、それを買っている人がたくさんいた。 その後、琉球村を出たところで食事をとる。ソーキそばとそのセットなどを食べる。ソーキそばは、豚のあばら肉とその肉でとったダシに少し細くて硬いうどんを入れた沖縄のうどん。結構おいしいと思うが、油分が多いので、何度も食べるのは嫌かな。どこに行くか迷ったかが、海中道路へ行くことにした。 具志川市というのが、うるま市というのに変わった、その先へ行く必要がある。うるまというのは、美しい海という意味らしい。ただ、まっすぐにいけるような道がなかなかない。そのため、嘉手納とコザ経由(もうかなり昔に沖縄市になっている)で行ってみようと思った。Gメン75’で沖縄の話がよく出てきたことを強烈に覚えているからだ。米兵とコザの歓楽街に絡むいろいろな事件、米兵は犯罪を犯してもすぐに基地に戻りすぐに米国へ帰ってしまうという話だ。 それについて、妻と話したがフィリピンにあるクラーク海軍基地だったかな?そこでもオロンガポ市というのが全く同じ内容か、もっとひどいそうである。今でも売春地帯があり、父親のいない子がたくさんいる街である。沖縄の亜熱帯性の気候、顔つき、食べ物、それらはフィリピンに通じるものがあり、さらに米軍に関わっているところがそっくりだ。そのため、米軍占領時は米軍の仕事で沖縄に来ていたフィリピン人男性と結婚した沖縄女性がたくさんいた。いまはその男女が完全に逆転しているが。重ねて言うが南沙織は、お父さんがフィリピン人である。 途中道も間違えたのだが、英語の看板とときどき米兵が通りを歩いている以外は、全然そんな雰囲気はない。たしかベトナム戦争が終結してから米兵は減ったんだろうな。ベトナム戦争時は、沖縄が兵士が休憩するところだったと聞く。戦争で生き残ると、しばらくここにいて、再びB51でベトナムに向かったそうである。ベトナム戦争は私の記憶は小学校の低学年でしか記憶にない。私より15年ぐらい上の世代は、日本では学生運動、アメリカではベトナム戦争と学生運動、ヨーロッパも同様であった。それに嫌気をさした北欧やドイツ人は、インド、ネパール、アフガニスタンへマリファナを吸いに行ったと聞く。当時沖縄にも、日本人の学生がヒッピーになり、沖縄へ来てさとうきび畑で働いていたと聞いた。それは灰谷健次郎か。 遠い時代のことだとかみ締めて、海中道路へ向かう。 サンゴ礁の浅瀬を埋め立てて、4kmちょっとの道が島に伸びている。途中「海の駅」というところで休憩する。海の色が緑色で、浅瀬のところは白っぽい。サンゴ礁の海だ。これもフィリピンぽいぞ。でもフィリピンはわずか半年前に行ったんだよね。でも妻には12年前から、沖縄はフィリピンが発展したようなところだと言っていたのでわかってもらったかな。島と島が繋がっていて、結局一番先の伊計島まで行った。 そして帰りは、万座毛(まんざもう)という波で岩がえぐれた名所によって、今日のホテルへ行く。ビセナゴルフカントリークラブだ。ゴルフ場では有名なところだそうだ。泊まったところも、別棟の家のようなところで、2部屋あり、それぞれトイレとお風呂がある。そしてプールもある。冷蔵庫にあるものはどれもサービスだから飲んでもいいって。古酒も泡盛もある。これって、スイートじゃない!?こんなところで泊まってもいいのかなという感じであった。最初の予定では、海辺のビーチリゾートだったと思うが、家族向けはこっちなのかもしれない。しかし、この立派なゴルフ場のホテルも、僕らのレンタカー客しかいないみたいだ。昨日といい、今日といい、オフシーズン?のゴルフ場はこうやってツアー旅行者の宿になるのね。というのか、リゾートがバブルではじけて、どこも厳しいかもしれない。 夕食は1人2,625円以下ならば、何を注文しても良いとの事。ステーキセットと飲み物で2500円くらいだったので、このボリュームに満足した。おいしかったしね。自分の家よりも立派な部屋だった。 娘と息子には、素敵なホテルで泊まれたことを例に上げて、自分が金持ちではないけれど「金持道」を伝えた。ちょっとの我慢と努力で、君たちの生活はいつもこういったホテルに泊まり、おいしい食事が普通になるぞと。息子は、食事がおいしいを連発して、「貧乏は嫌だよね。お金を貯めてがんばる。」と素直に言う。最近何かにつけて、「金持ち父さん、貧乏父さん」のフレーズを子どもたちに言っている。「パパは今はお金は少ししかないけれど選択の自由がある。そしてそのうちお金持ちになるからね。君たちも今からお金に対して努力すればお金持ちになれるからね。」 息子にはマーキングしたので、まず間違いないはずだ。
Merry Chirstmas!!! こんな日に変な話題ですが、妻が私のいびきがすごいって苦情を言うようになりました。 自分ではわかりません(当たり前!)が、最近ひどいようです。 ぜんぜんいびきをかかないときもあるようですが、太り始めてからかな。 結婚してから10Kg以上太っている(爆)。これは家族の残り物を食べているし、食べたくないときに食べさせられて、食べたいときに何でも食べてしまう。 それは、自分の健康管理のせいなんですが。ヾ(_ _。)ハンセイ… ただ、いびきがうるさいのはわかるのですが、寝ているときに妻が私の首を横にするのです。そのたびに私は目が覚めるのです。 最近妻は無意識にするようですが、私は目が覚めて寝不足になりがちです。 そろそろ、同じ布団から出されちゃうのかな? 今日から家族旅行のため、しばらくブログはお休みです。ではまた。 雪が止んでよかった。
今日の家族の様子 昨日に子どもは2学期を終えました。通知表はまあまあ。 妻は通知表を気にしますが、私はあまり気にしません。 うわべだけの通知表の結果よりも、本当の学力の方が大事ですもの。小学校のとき成績の良かった人が、中学校以降に脱落しているのをみると、そう思います。小学校のときはノビノビと思いっきり遊んで基礎学力と体力をつけて欲しいと思います。大学受験の頃になって、「基礎が大切だ」という話を聞き始めますからね。 学研の科学と学習を毎月配達してもらっているのですが、息子は科学についてくる付録だけに夢中になり、肝心の本は全然読まないんですね。それで、息子が「暇でつまらなーい」と言っているのを聞いて注意しました。 「達也、学研の本は読んだの?」 息子はやばいと思ったのか、無言 「本を読まないんだったら、来年から学研はとらないよ。もったいないじゃない。」 「読む!」 「だったらこれから読もうか」 息子はしぶしぶ読み始めます。 というわけで、毎日少しでも読むことになりました。 学研の本を読まないと、楽しい付録が手に入らないという脅迫。おだててもすかしてもいますが、たまーには軽い脅迫をしないと、息子は動きません。 私も息子に言った手前、Rubyの勉強をしなおします。 Rubyというのは、まつもとゆきひろさんが開発したコンピューター言語です。 学び始めてみると、言語として洗練されているところが目に付きます。癖のないところが癖のようなとてもよい言語です。 昨日に続いて、Rubyの勉強をしています。 RDEというRubyの開発環境は軽くて使いやすくていいですね。 http://homepage2.nifty.com/sakazuki/rde/index.html Eclipseでの環境なども用意してみましたが、こちらの方がわかりやすくていいです。 とりあえずチュートリアルを終えました。 コンピューター言語は経験があるので、さらっと眺めた程度ですが、最後の「ブロックと手続きオブジェクト」というところが他の言語と少し違うのですね。 http://www1.tf.chiba-u.jp/~shin/tutorial/index.rb なんとなくSmallTalkっぽい感じです。 Programming Ruby(邦訳:「プログラミングRuby?
ネットチャンネルKYOの番組「サイバーラボラトリー」の12/21放送分の原稿です。 今週と来週は少し調子が悪かったです。聞き苦しいところがあったら、すみません。 1. グーグル、音楽専門検索サービスを提供 日本のGoogleサイトはまだですが、英語サイトではアーティストやバンド、アルバムや楽曲の名前を入力すると、楽譜アイコンとともに検索結果が表示されるそうです。 http://www.google.com/musicsearch 正規版となるころには、iTunes Music Storeへのリンクができるそうです。Google自身は楽曲を売る予定はないけれど、アフィリィエイトでの収入を得るつもりなんだろうか? しかしGoogleはおそろしい。 Webで地図を見れるようになった後、Googleが便利な地図を引っさげてきたので、地図の会社はとどめを受けたのではないだろうか? Googleは情報を加工して便利にする会社。ある意味、情報の銀行といってもよい。 Googleは価格破壊をしているのではなくて、事業破壊をしていると言ってもいいだろう。 私はGoogleができないスキマを狙う。でもGoogleっていう組織は、少数精鋭のテロ集団のようなものだからなぁ。テロに対抗するには、テロしかないかも。 **2. はてなの人事採用とボーナス支給方法 ** 日本のGoogleといえるかもしれない、株式会社はてなという会社がある。 http://www.hatena.ne.jp/ ここは、Webページサイトに関しての営業をしているが、会社の営業会議をPodcastingで公表したり、会社の事業内容をオープンにしている。まさにオープンソースのような会社である。 近藤社長は人事採用について、たまたま採用した人材がブログを1年以上良いものを書いてきた人であったといっている。自分で情報を発信するということは、会社に入っても良い影響を与える可能性が高い。そのため、これからの人事採用は履歴書や職務経歴書ではなくて、ブログをベースにしようかと言っていた。それはいいかもしれない。 ある意味、会社と採用される人は対等でなくてはならない。どちらも同じような情報を持ち、双方が愛して採用されるべきである。そのため、結婚のように時間をかけて採用するかどうか、働くかどうか決めるべきであると思う。 http://d.hatena.ne.jp/jkondo/20051215/1134601112 そしてボーナスも、Googleのページランクの仕組みを取り入れたという。社員全員がお互いを評価して、今期会社が得た利益をボーナスとして配分する。 それは、まず一番貢献度の高い人を100として、その相対的な評価をする。ただ、評価の高い人に加重を持たせるというのが異なるそうだ。
私の住んでいる知多も朝からすごーい雪です。 こんなことは30年知多に住んでいますが、初めてかもしれません。 火曜日の雪では新幹線は遅れても、飛行機は飛んでいたのですが、本日は飛行機も飛びません。 数十年ぶりですよね。これって、北海道じゃんという感じです。 子どもの病院に午後に車で行きました。1時間近くかかるところなんですが、行くときは雪が止んでいてほっとしたのですが、帰りは雪がしんしんと降っています。 ABSのついている車ですが、ブレーキを踏むときにすべってしまい、危うくぶつかりそうになりました。 帰ってくる途中で何台かぶつかっていましたが、こんな日に事故を確認する警察官の方、お疲れさまです。 こんな日に出勤するみなさまお疲れさまです。私は子どもの病院のこともありましたが、自宅で仕事をさせていただいております。 写真は自宅からの雪の状態です。
今週の「ガイアの夜明け」では、独身男性の結婚願望についての特集をしていました。 見ていて複雑になったのと、男性のふがいなさを感じてしまいました。 結婚の形にとらわれているあまり、本当の結婚から遠ざかっているような感じを受けました。 ・結婚にこだわるな 一時の快楽ならば風俗でいいぞ(男性の結婚願望はこれが主因だと思うが、期待値は低いと思う) 結婚すると自由を失うぞ。 愛があるほうがより満足するということもあるけれども。 ・女性は結婚にこだわらずに、キャリアアップの道を選ぶ人も多い 人生の選択はいろいろあるから、当然です ・親と同居するな 便利だけれど親と住んでいたら、一生結婚できないぞ 少なくとも3年は一人で住んでから、結婚するべきだと思う 母親の味に慣れすぎると、妻が作ってくれた料理に不平を言う。 ・両親とかかわるな 見合いを両親に頼むなんて、ちょっと情けない 自分で探せーー ・番組とは関係ないけれど、世の中のエッチなビデオは女性の性欲と一致していない気がしますので、注意してください。