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Lobocの吊り橋

吊り橋 橋が竹と鉄のワイヤーでできていて、結構揺れます。

フィリピンの親族

フィリピンにいる親族の一部です。 男連中は酒をくらっているので、これで2/3です。 娘とめいたちです。 自分で言うのもなんですが、美人ばかりだと思います。 アイスクリーム争奪戦 豊かとは決して言えないので、アイスクリームは久しぶりです。 義理の弟は久しぶりのアイスクリームをカップ三杯食べてお腹を壊してしまいました。 マンゴとウベ(紅いも)がフルーツたっぷりで好きです。 ロボックリバークルーズ 船で食事をして、ジャングルクルーズを楽しみます。 料金は800円弱。安い! ロボック川の吊り橋 入場料20円ぐらい ボホールの小さなお猿さん 無料でした とりあえずここまで。 「顔をかくせ」と娘に言われるかも。

[本]40歳からでも遅くない!

40からでも遅くない!Amazonで購入書評私は46歳になった。人生というのは意外に早く時間が経つもので、20歳になったのはついこの間だったのに、忙しかったり大変だと思う時期を過ごしていたら、あっという間にこの歳になってしまった。 もしあなたが20代や30代だったら人生は永遠にあるものではなく、あっという間に40歳、50歳になることを肝に銘じて欲しい。どんな人生を送るかはあなた次第である。 この本はテレビで司会者をしている梶原しげるさんが書いた本である。 見開き2ページに1つの事柄を短く文章をまとめているのは、読みやすい。どこからでも読むことができるし、中断することもしやすい。 目次を見ると全部で87項目になるが、その中からいくつか取り出してみた。 意外?40代は充実している! 30代のとき40代はおやじと考えていたけれど、充実している40代が多い 年配者を軽んじる行動は絶対NG 50代、60代に比べてれば時代の感覚にフィットしているし現場のことはよくわかる。ただ年配の世代がわからないことをばかにせず、現場と年配者の通訳に徹する 5.「きみはどう思う?」という聞き返しのテクニック 時代に必ずしも追いつけないことがある。そのときは、「きみはどう思う?」と現場に意見を求める。すると現場の意見も聞くという評判を得られることができる イエスは即答、ノーは婉曲が基本 イエス・ノーをはっきり言うのは相手のことを考えるとそうでない場合もある。良い返事ははっきりイエス、そうでないときは相手の立場を考えてものいう 同窓会で仕事の話はタブー 40代になっていると、成功した人、失敗した人いろいろいる。仕事で成功していても家庭で失敗している人もいる。 成功していたとしても、成功した自慢を他人は聞きたくないものである。同窓会ではなく仕事を離れた場では、仕事の話はタブーである。 このような人生の処世術は、知っているものもあれば、知らないものもある。

Bohol

タグビラランに飛行機は着いた。 空港と言ってもこの20年ぐらいほとんど変わっていない。2000mぐらいの滑走路に小さな空港ターミナルの建物がある。 建物といっても、大きめの民家といったところだ。 飛行機から滑走路を歩いて、荷物を受け取り、空港の外に出た。 空港内には家族は入ってこれないので、妻の家族は空港の外で待ってくれていた。 みんな5年分だけ年をとっていた。 年をとっているのは、私や妻も、そして娘や息子が5年分成長していた。 5年ぶりだといっても、最近はSkypeでビデオ通話したり、Facebookなどで写真を見ているので、ギャップというのは感じられない。タグビラランもこの17年で大きな変化があるかといえば、外から見たところあまり大きな変化はないようだ。車やバイクの数は増えているように感じたが。 空港の近くにある義理の兄の家にとりあえず歩いていき(空港から5分とかからない)、そこで一旦休憩。荷物をおいて、妻と私だけが銀行に行くことにした。妻はフィリピンナショナルバンクに口座を持っていて、そこに日本から送金していたらしい。 フィリピンに家もあるので宿泊費がかからないので当面のお金といっても1週間ほど滞在するお金としては十分だと思うが、何かと余分なお金がかかることが多い。妻の兄弟たちと食事するときや移動するときは、一番お金を持っている人が払うという常識がこちらではあるので、必然的にこちらが払うことになる。それ以外に、「病気になったので薬を買えないから、薬を買って欲しい。学校での試験費用が必要なので貸して欲しい。」とか、、そんなの前もってわかるんだったら貯金しておけっていうのと思う。まあ日本人でも宵越しの金は持たない人たちもいて、サラ金で借りながら生活をしている人もいるので同じようなものか。 親戚は性格的には明るくフレンドリーで好きなのだが、「お金を貸して」と言われて断るとこちらが何か悪いことをしたような気持ちになってしまう。何か次々と心が傷ついてしまうので、できれば最初から言ってほしくないと思う。 お金を下ろすのは多少面倒な手続きもあったが、10分とかからなかった。そして、 J.J. Seafoodというレストランへ行った。ここは17年前に妻と私が結婚式をした後に披露宴をしたレストラン。つい昨日のように思うが、そのときはエアコンもなくてオープンエアーだったと思う。妻があらかじめ妹に頼んで予約してもらったが、一番安いランク。1人100ペソ。200円。でも食べてみると悪くなかった。200円といっても、親戚一同50人分で1万円。それに、飲み物のビールやソフトドリンクが追加される。結局8000ペソを超えていたようだ。 妻の親戚に料理を振舞いたいという気持ちはあるのだが、あまりにも人数が多い。日本人の親戚に料理を振舞うのと結局同じくらいになってしまう。 これまでは帰るたびに、車をチャーターして親戚一同で日帰り旅行をしていたが、今は貧乏生活をしているので今回は辞退させていただいた。とはいっても、この日と、来週金曜日に家族会議があって親戚一同がまた会うのだけれど。 食事をして、タグビラランのバスターミナルの近くにある妻の家に向かう。 ここがフィリピンでの滞在先になる。妻が10年ぐらい前に、へそくりをためて300万円ぐらいで建てた家である。 自分の家を持つという夢は世界中どこでも同じようで、妻もそう思っていた。自分が住むわけではないが、妻の妹家族が住んでいる。妻の妹に頼んで、土地を買い、住宅の資材を買って、大工を雇って建てた。土地は150㎡、建物は100㎡ぐらいで田舎の家としては決して大きな家ではない。こだわりは、小さな家ではあるが、すべての窓や扉にあみが貼ってあり、蚊が入ってこないところ。フィリピンは蚊が多いので、蚊取り線香なしで過ごせるのは非常にうれしい。 またタグビラランに10年ぐらい前にできた新しくできたバスターミナルへ5分ぐらいのところにあるので、ボホールのどの場所に行くにも便利だ。新市街で海からは奥まったところにあるけれど、バスターミナルの隣に、ショッピングモールがあるので、買い物などにも便利である。 後からわかったけれど、最近はADSLが使えるそうである。毎月1000ペソ(2000円)で、下り3Mbps上り1Mbpsが使えるそうである。少し離れたKapiteという街でADSLを使える家に訪問した。スピードはわからないけれど、これならフィリピンに滞在して使えるかもしれないと思った。 ただ、Gmail やアメリカのサイトは比較的よく繋がるけれど、日本との回線は細いみたい。日本のサイトの中には開くのに時間がかかったものもあった。 こちらでしばらく日本の仕事のために、インターネットでメールのやりとりなどをする必要があった。それだけでなく、SSHでファイルを転送したり、サーバーにログインする必要もあった。最初は、インターネットカフェでするつもりだったが、日本語の問題やSSHでの接続など心配していた。だが、ダンキンドーナツのお店でWIFIが使えることがわかり、それを使わせてもらった。もうしわけないのでコーヒーを注文して、毎回2時間ぐらい粘った。コーヒーを注文するときに、暗号のかかったWIFIにパスワードをお店の人にタイプしてもらう。それから同じパスワードをずっとつかえるようになった。 ちょっとの間メールを確認するときは、店のそばでiPadを使った。店のそばでiPadでメールの読み書きをするのは誰も気づかないだろうな。メールを送ったり、ブログを更新するのはちょっと大変だったけれど。立ちながら、iPadでタイプするのはちょっと大変だった。