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山の郵便配達

「山の郵便配達」という中国映画が正月深夜に放送されて、それをとり貯 めしていたのを見た。 「ふるさと」というダムで村がなくなるという日本映画と同じようなノス タルジックな感じがあった。 中国の奥地の山を2泊3日歩いて、郵便を配達して回収するという職業をし ている男がいた。寄る年波に逆らえず引退するということになって、息子 が後を継ぐことになった。 息子の初めての2泊3日の郵便配達の仕事は、父が一緒に行くことになった。 細い厳しい山道を思い郵便物を持って歩くのはつらい。訪れる村の人たち には歓迎され、人生相談にものるなど、仕事としての充実感はある。しか し、人知れぬ仕事なので出世には恵まれないし、家族とはなかなかあえず、 特に息子には一度も「お父さん」と呼んでもらえなかった。 息子は初めて、父がこんなに辛い仕事を多くの村人のために、何十年もや っていたことを知った。自分が小さい頃父と会えない寂しさの理由もわか った気がした。そのとき父子はお互いの気持ちが通じて、息子は初めて 「お父さん」と呼んだ。また息子が小さいときは父の肩にのせたのに、今 では川を渡るのに息子が父を背負う。 一方で村の開発は進んですぐそばまで車道が来ていて、バスも走っていた。 この映画を見ているとき、自分が父のダブったり、息子の方にもダブった りした。私の父も厳しいところがあったが、今では少しボケてしまってい て往年の感じがない。私が子どもの頃、父が自分にいろいろしてくれたこ とを思い出した。 また6歳の息子との関係も考えた。私は息子に何かしてやれるだろうか? 実際のところ、たまに遊んだり、しつけをしたりするぐらいか。子どもに はものを買ってあげたり、たまに二言三言注意したり話するしかないよう

ABCの歌の違い

ABCD EFG …というアルファベットの歌がある。 私が日本で学んだ歌と妻がフィリピンで習った歌と、若干違いがある。 (日本) ABCD EFG, HIJK LMN, OPQR STU, VWXYZ (フィリピン) ABCD EFG, HIJK LMNOP, QRST UVW XYZ ~~ LMNの後OPがすぐにつながるのである。 これがフィリピンだけかなと思っていたのだが、他の英語圏でも同じよう な曲を聞いた。 何で日本は違うのだろうか?

セミリタイアのような生活

私の勤めている会社は東京にあり、自宅は愛知県にある。 最初の3年は、火曜日の朝一番に名古屋からひかり(後にのぞみ)に乗っ て出勤して、会社で3泊して、金曜日の5時前に東京を発ち自宅に帰る。 そして、金・土・日は自宅で家族と過ごすという生活をしていた。 自宅に帰っても仕事をしたり、勉強したりということをしていた。 子どもがだんだんと成長して、息子が4歳ぐらいになってものごころつい たときに、私を週末だけくるおじさんのように思っていた。というのは、 私に全然なつこうとしないのだ。そのうち、仕事ばっかりして、妻や子ど もとすごさないことで、妻と7歳の娘がストレスを感じて爆発した。 それは日常のいらいらというものではなく、きちんと見えた。最初に娘は その感情をガラスを蹴っ飛ばして割るということにでた。マンションの窓 ガラスは頑丈にできている。実はここは10歳から住んでいたマンションで、 両親が新居を買ったときに譲ってもらったものだ。10歳から30年近く、一 枚も割ったことがないガラスである。 そして、しばらくして女房と言い争いになって、風呂場のガラスを割った。 こちらも特注仕様のガラスである。 ちょうどその頃、私が勤めている会社は存亡の危機にあった。リストラし て大幅に人数を削減して、最低限のメンバーでなんとか生き残ろうとして いた。そのため毎週帰宅せずに、2週間連続で会社に泊まったりして、家 庭を顧みない生活をしていた。 とはいっても、忙しいサラリーマンのように、早朝から深夜まで勤めてい て、土日は接待ゴルフというわけでもない。自宅にいるときはそばにいる。 でも、妻は家庭に安らぐタイプで、できるだけ家族と時間を分かち合いと 思っている。私も同じだが、仕事に重心を移していた。 これは家庭崩壊の危機と感じて、会社を1週間休んだ。会社の存亡の危機

自分が研究していた認知科学

私は大学院のときに、認知科学を専攻しました。 人間の五感がどのように脳で処理されるかを研究する分野が認知心理学で、 人間の脳という枠を外すと認知科学になると思う。 認知科学とは、つまり世界をどのように認識するか、あるいは逆に認識で きる世界とは何かということを研究します。 そんなに大風呂敷を広げると大変なので、実際に研究するところはもっと 卑近なところで、視覚の情報処理や、人間の記憶や思考過程をソフトウェ ア的に解明するところです。ハードウェア的には、脳医学がやっているこ となので。 でも人間のことなんて、なかなかわからないのですよね。 人間の脳はとても精密なコンピューター。もっと単純だと思われる自分の PCがおかしくなったら、いろいろな症状から判断して直そうとするんだけ ど、原因はわかりません。 人間はよくわからないから、単細胞動物や昆虫はどうだろうか?と考える のが、人工生命という研究分野だったりしします。 最初は、マッカーシーがふと考えたLifeゲームから、Core戦争。このあた りまでは科学者の趣味の範囲だったけど、生物学者がTiaraというコンピ ューターシミュレーションを考えたり、Brooksが昆虫の歩くモデルを作っ たりして、おぉって感じで人工生命の分野が出てきました。 私は、「脳の成長は脳細胞がアリのように社会をつくることから起きるの でないか」と仮定して、研究しはじめていたのですが..... 自然生命がである娘が産まれてしまい、興味の方向が自然へと向かって研 究は中断して修士修了までで終わってしまいました。 本当は結婚して子どもができて、ピーピーだったから働かなくちゃいけな かったんだけど。(-_-;)

不可知論

中学生のとき、友人から不可知論という言葉を聞いた。 人間は物の本質や真理など客観的実在についてはなにひとつ知り得ないと する主張である。そのときはそういう考え方があるんだと思った。 http://ja.wikipedia.org/wiki/不可知論 私たちが世界を捉えるとき、五感を用いる。 目で見たり(視覚)、耳で聞いたり(聴覚)、鼻で匂いを嗅いだり(臭覚)、 舌で味わい(味覚)、手で触感を得る(触覚)。 手では、温度を感じたることもある。 私たちが外部から情報を得るのは五感のみからである。本当に、その五感 の情報は正しいのだろうか? 例えば、味覚。 ミラクルフルーツというのがある。これを口に含んだ後は、すっぱいレモ ンを甘く感じてしまう。味覚を狂わせてしまう。 おそらく私たちは糖分を甘いと感じることによって、栄養素だと進化の過 程で得たものだと思う。そして腐ったものや毒を食べると、変な味がして 吐き出す行為を行う。そのことによって、命が助かる。 (最近太り気味の私は、甘いというのを本質的に避ける傾向がある。甘い と感じると、気分が悪くなるんだが。) 視覚は、光のある特定の周波数域のものだけを捉えることができる。赤外 線や紫外線は見えないし、電波をみることはできない。他の生き物には、 赤外線をみることができるものがいるし、紫外線をみることができるもの もいる。 また見える周波数を人間の脳が勝手に、色と認識しているのだ。色という 特性のある光はない。 音や臭覚も、自然がもつ本来の性質と異なる。人間が勝手に、分類してい

皆もすなるBLOGというものを、我もしてみんとてするなり

皆さまに拙い文章を読んでいただいてありがとうございます。 半分は自分のため、半分は皆さまに何かお伝えしたくて書いております。 とはいえ、少しでも良い文章を書きたいと思っております。 結城さんの文章教室を読んで勉強しておりますので、しばらくはご勘弁願 います。 http://www.hyuki.com/wl/ 結城さんはテクニカルライターとしても人間としても尊敬できる方です。 (お会いしたこともないのですが、文章を読んでいるとそんな気がします。)

新年に向けて

あけましておめでとうございます。 2005年も良い年でありますように。 とはいえ、2004年は台風による被害、地震による被害、そして最後にスマ トラ沖地震津波被害で、何十人単位で人が死んでいく。 そして凶悪事件が毎日のようにニュースになります。 昔よりだんだんと、悪くなっている気がします。 どうすれば世の中はよくなるのでしょうか? 私の答えは否定的です。世の中全体が良くなることはありません。 世の中はだんだんと混じり合っていく、エントロピーが増大する方向へ向 かっています。それが自然法則です。 唯一、局所的に(小さな場所で)エントロピーが減少させているのは生命 です。 生命という例外があるものの、確実にエントロピーが増大していくのが自 然法則です。 こと、社会現象もエントロピー増大の方向に向かっていくのは仕方ないこ とでしょう。ただ我々にできることは、白アリの巣や城砦都市のように局 所的にエントロピーの増大を緩くすることなのではないかと思います。 この考えが間違っていることを望んでいます。

自戒

不動産の売買や所有することがブームである。 儲けようと思ったらすでに遅い。 不動産のプロでなかったら、手を出すのはよした方がよい。 株の売買がブームである。 リスクがとれなかったら、やめたほうが良い。 ギャンブルなんだから、資金力のある方が勝つ。 儲かるという話が多い。 人が儲かるというものに手を出すべきでない。 その話をする人が儲かるのだから。 楽しく生きよう。 喜怒哀楽すべてありのままに受け入れよう。 どんなことも生きていればこそ、味わうことができる。。

車輪の再発明

会社の同僚からこの言葉を聞いた。 「車輪の再発明」 ソフトウェア工学で用いる言葉である。 どれくらい昔かわからないが、車輪というものが発明された。ものを運ぶ のに人、馬、牛を使っていた頃に、大八車か工事現場で使う一輪車の原型 が発明されたのだろう。台に滑車をつけることで、飛躍的に運搬能力が上 がった。より多くのものを、遠くへ運ぶことができる。 この車輪が一度発明されたのならば、それを公開してみんなが利用すれば よい。その発明を知らずに、車輪をもう一度苦労して発明するのは無駄で あるという主旨である。そうすれば、発明したものを利用して、さらに良 い発明、あるいはそれをベースにした発明が可能になるということだ。 個人的には、「車輪の再発明」をしてもいいのではないかと思う。 発明は必ずしも世の中にとって良いとはかぎらないし、先に発明されて特 許をとられるとその発明は自由に使うことができない。例え先の発明とは 独立して発明されたとしてもだ。 特にインターネットの時代に入って世界同時性が加速されてから、ちょっ としたアイディアだけで先に発明されたからといって、他の発明を阻害す ることが多い。 先に生まれただけで、それで偉いんかい!

がなりさんのBLOG

高橋がなりさんという人がいる。 「マネーの虎」に出ていたのですが、独特のはなし方をする人で、いっぺ んで彼のファンになりました。 彼がいうことは、天邪鬼のようなことも多かったんだけど、彼の発する言 葉を一度口の中に入れ何度も歯で噛むと、昆布のように味わいのする言葉 でした。それだけ、自分の経験を凝縮した言葉で語っているようなところ がありました。 経営理論や論説はおいといて、彼自身が失敗してきたこと成功したことか ら何か感じて欲しいということを伝えているように思います。 彼が読者の人生相談に対して真っ向から答えるというBLOGを見つけました。 http://blog.livedoor.jp/sod/