ボブ・スリーヴァ著
小学館
ISBN4-09-341091-7
トヨタ自動車の「レクサス」がなぜアメリカで成功したかということを、詳細に分析している。マーケッティングの実践例としてはとてもわかりやすい本である。
トヨタ自動車の「レクサス」というブランドでアメリカで販売されているものが売れている。「レクサス」は、日本では、セルシオ、ウィンダム、アリスト、ソアラ、アルテッツア、ランドクルーザー、ランドクルーザー・シグナス、ハリアーというブランド群に相当する。
旧来のトヨタのカローラ、クラウンなどというブランドではなく、顧客層を
控えめなリッチな層にあわせたものである。この顧客層は、ベンツやアウディなどの層とぶつかる。
アメリカでは、日本車といえば性能は良いがデザインやブランドに弱いというブランドイメージがある。またアメリカ人の大半は今でもアメリカ車を乗り回す。レクサスのブランド群全体の売上は、フォードの1トラックに及ばない。日本車や欧州車に乗るのは、他の人とは違う個性を強調するためでもある。
そのため、「トヨタ」という旧来のブランドを強調せずに、「レクサス」というブランドにする決断を豊田英二元会長が行った。新しいブランドを作る準備のため、社運をかけて現状のベンツなどのブランド分析、新型車の研究などに時間と資金を投入した。
レクサスの新しいブランドは、上述の控えめなリッチな層の要望にぴったりとあった。そして、その評判はその層の上下左右へじわじわと広がり、「レクサス」というブランドはいまは押しも押されぬブランドに定着した。「レクサス=高級車で性能がよい、デザインも悪くない」という常識となった。
日本のもの作りのすばらしさも良いが、現地で販売するアメリカ人の販売戦略が見事に結びついて成功した、良い事例である。このレクサスの成功こそが、トヨタを世界No.2まで上り詰めた理由でもあるだろう。
・ブランドとは
トヨタ自動車がバブル期にマネーゲームをせずに、こうしてアメリカ戦略への研究・開発をしてきたことは注目に値する。トヨタ自身の欠点を把握した上で、良い点にみがきをかけ、新しいブランド構築に成功した。
私はマーケッティングについては素人であるが、知人の影響もあって「ブランド」に関する勉強をしている。「ブランド」というものが少しわかりかけている。
テレビや雑誌などに出てくる「ブランド」といえば高級ブティックとその商品のイメージしかなかった。
・良い商品だけど、とても高い
・身に付ければ「私はお金を持っているんだぞ」とアピールできる
・商品についての歴史や主張などを知らなくても、ものがよければよい
・そのブランドを持たないと恥ずかしいという(ルイ・ヴィトン)
・原価からかけはなれている
・日本では庶民が無理をして買っている
だがブランドは高級品だけとはかぎらない。ポテトチップスといえば、カルビーの商品を買ってしまうし、自動販売機でもいつものコーヒーやジュースを買ってしまう。ついつい、いつもの商品に手が届いてしまう。忙しいときなど、同じ商品を買ってしまうものだ。外食するときのレストランや居酒屋も、なじみのところへ行くことが多い。
ブランドとは、脳への刷り込みではないだろうか?
人間の知能や記憶には限りがある。スーパーマーケットで商品を購入するときに、最適な選択肢を計算するわけではない。
「スーパーAの特売は、豚の合挽肉100g98円、鳥の手羽5本で180円、にんじん5本100円…、スーパーBはの特売は云々などの外部情報と、昨日は焼肉だったので避けたい、夫が出張で夕食は取らない。スーパーAとスーパーBは遠いのでどちらか一方だけに行くことにしたいなどの条件」
転職紹介会社の某外資系メーカーの名古屋SOHO社員というのに応募した。
募集要項をみると、名古屋で事務所を持たず、PCと携帯を渡され自由に動けるような感じであった。内容もコンサルティング営業・サポートなので、これまでの経験がある。
応募したときは年齢については触れていなかった。上司のコントロールがあまり効かないところで勤務形態なので、ある程度の経験が必要となる。そのため自分にマッチすると思ったのだが、転職紹介会社へ行くと「この会社は30歳前後の若い人材を採用しようとしています」ので、難しいでしょうといわれてしまった。「ダメモト」でもと押してみたけど、そのメーカーとの関係が悪くなるので、それはできないと別の会社を紹介してくれた。
これまで転職活動に失敗した理由の多くは、年齢である。
当然就職したときには、上司が若くなる可能性は高い。
私自身は自分より若い人と一緒に仕事することもあるし、自分より能力が高ければその人が上司であることは問題ない。ただ実際には、上司は能力が高いからそのポジションにいるわけではなく、社内経験が長くたまたまそうなっただけということもあろう。
また転職前に社内の調和がとれているところに、新しい外部の血が入ることは社内の秩序が崩れて大変なことになるかもしれない。その外部の人が優秀であれば、上司の無能さが明らかになって、上下関係が崩れてしまう。無能であれば(無能の人は採用しないネ)、負担になる。性格的な相違も出て、合う合わないがあるかもしれない。
自然界の弱肉強食のバランスがとれているところに、外国産の生き物を入れてしまったらバランスが崩れて、その外国産の生き物だけになってしまい旧来の生き物は駆逐されてしまったということもある。それだけ、新しい人材を投入することはリスクである。
ただ忘れてはいけないのは、リスクは新しい人材だけでない。
ビジネスの世界は恒に競争にさらされている。外部環境の変化は激しいのである。また新しい人材を投入しなくても、人材は絶えず変化する。人材は成長するし、転出するかもしれない。そういったリスクに備える責任は、上司である管理職および社長にある。
雇用の固定をすることは、そういったリスクに立ち向かう姿勢を後退させていると思う。
ソニーの会長・社長も外部取締役を含む経営委員会に追い出されてしまった。それは責任を果たせなかったから。これまで貢献してくれた会長・社長には感謝するが、ソニーをよくしていかなければならない。株主・顧客・社員に対して、責任ある行動をとっていかなければならないということで、潔い行動だと思う。
私も前職の取締役・部長というポジションをさっとひいたことで、残った社員は戸惑いながらもきちんと引き継いで、その重役をきちんと担ってくれるようになった。
会社の組織を流動化して、そのときどきの環境にあった最適な状態を選ぶのが良いと思う。一度ポジションを手放しても別のポジションで、自分の能力が活かせることを切に願う。そして何らかの形で、社会に貢献できれば幸せである。
名古屋⇔東京 片道3,400円という格安のバスに乗って、東京へきました。
http://www.harvest-tour.com/index.html
インターネットで10日ぐらい前に予約して、クレジットカードで決裁しました。
22:00頃に名古屋の集合場所である、名古屋駅西口の噴水前に行きました。そこで女性が看板を持って待っていました。彼女に自分の名前と携帯番号をつげました。本当は確認メールを印刷する必要があるみたいです。
みんなが揃うまで待っていると発車予定時刻を20分過ぎて、10:50頃に出発しました。バスは観光バスの新しいもので快適である。4人座席なので窮屈であるという点は我慢しなくてはならない。バスには携帯付きのカーナビが付属していた、そしてETCも装備している。ハイテクなんだなぁ。
乗客は満員だった。ほとんどが20歳くらいの学生だ。女性も半分くらいいるのはびっくりした。隣は面接の達人のような本を読んでいたが、ディズニーランドへいくひともいたようだ。
名古屋高速にのり、11:30に本郷SA。20分休憩して、1:15頃に、牧原SA。3:50頃海老名SA。JRバスは専用の休憩所で休憩するが、こちらのバスはサービスエリアで休憩する。お茶は飲めるし、見ているだけでも楽しいのでサービスエリアの方がいいかな。
海老名SAは、トラックやバスが多かった。朝4時頃に駐車場は満杯、人は一杯。なんで?中国人や韓国人の若い人もいたなぁ。似ているんだけど、言葉が違った。
結局眠れなくて疲れが残ってしまったが、移動料金3400円は安いなぁ。
名古屋・大坂の近鉄特急が3200円ぐらいなので、むりをすれば3400円でいける。
しかし、大坂⇔東京の安いバス料金も3,400円ぐらいであったので、大坂の方が徳かな?
では片道3,400円で採算があうのだろうか?
収入
片道3,400円×45人=約15万円
高速代(大型)
名古屋市内 1,500円
名古屋→東京 11,600円
東京都内 1,400円
————————–
14,500円
夜間割引(-30%) 10,100円
氷河時代のマンモスが生きている頃のアメリカ先住民族の話。
おそらく伝説なんだろうが、細かなところまで話が組み立てられています。
兄弟愛と命の大切さを、丁寧なストーリーで教えてくれます。
3人兄弟の末っ子は、やんちゃでいつも真中のお兄ちゃんと喧嘩していました。一番上のお兄さんはいつも2人の喧嘩の仲裁をしていました。
ある日末っ子が熊と鉢合わせして殺されそうになります。そのとき2人のお兄さんが助けに来ますが、結局一番上のお兄さんが自分の身を挺して弟たちを助けてくれました。
末っ子は、お兄さんの敵をとろうと熊を追います。真中のお兄ちゃんは「それは無駄だからやめろ」と止めますが、末っ子はそれを無視して一人で追っていきます。真中のお兄ちゃんは心配で、末っ子の後をついて行きます。
そして、それから…
ディズニー映画は、CGとアニメの合成で美しくつくりますね。ストーリーも洗練されています。まあ子ども向きで、大人は純真な心で見ましょう。
ん?、よくわからない映画だった。
ニューヨークで結婚して生活している2人。妻は結婚は一人の男性と永遠の愛を貫くものだと思っている。
夫は自分の仕事がうまくいかないので鬱憤がたまり家出をする。妻は夫の後を追うことになって、テキサス州をさまよう。
やがて妻は夫を見つけることができて、そっと夫の様子をみる。夫は自分が愛しているほど、自分を愛していない。夫の今まで知らなかった面をみて、だんだん覚めていく。
現実に起こりうるシリアスなストーリーを、コメディタッチで繋げていく。
うちの奥さんは、カトリック信者なので一途です。
私が浮気したら、おちんちんを切って離婚すると常々言っております。
そんな奥さんは映画の主人公とだぶり、夫のダメさ加減が私とダブります。
こんな状態ではもし私が結婚していなかったら、1年ぐらいインドでブラブラしているのですが、そんなことはできません。
なんで、自分自身とダブルような映画ばかりついつい借りて見てしまうのだろうか。
子ども向きの猫を主人公にした映画です。
ストーリーは子どもコメディ好きならば楽しめるかも。
主人公の猫のガーフィールドだけ、CGで合成して作られている。
他の猫や犬、登場人物、背景は全て実写。
こうした映画の当初は、CGと実写の合成は全身青のタイツで被った人が演じて、その後青色の部分をCGにしたものだ。今でもテレビ番組などでは、青色のスクリーンをつるして、そこにCGを挿入する。画面では、同じ青色の部分をすべて、別のCGに重ねるという単純な合成方法を使っている。
いまの映像はどうなっているんだろうか?
ゲームのようなモーションピクチャーを使っているのだろうか?
身体の関節にたくさん反射するものをつけて、それをカメラに繋がったコンピューターで座標を解析する。計算は大変だけど、コンピューター速度が速くなったり、アルゴリズムが進んで、1000万円ぐらいでそういった装置が買えるそうだ。
実写の3次元モデルをつくって、そこで合成しているのだろうか?
地面が平坦でなかったり、角度がなかったりすると大変であるが、きっとアルゴリズムの工夫でそこはカメラのブレ補正の機能のようなもので、うまく処理されているのだろう。
まだまだ、この分野はコンピューターの処理に時間がかかるので、今後のびる分野だと思う。
日本ではヒットしなかったけれど、おもしろくてすごい映画だった。
自宅でDVDでみたけれど、大きなスクリーンでみた方がよかった映画だと思う。
アメリカでは100年ぐらいに、500Kmぐらいの長距離を馬で走るレースがあった。そのレースで上昇しているアメリカ人が、アラブで1000年間の歴史がある4000Kmを馬で踏破するレースに参加することになった。そのレースの名前が、「オーシャン・オブ・ファイアー」という。
驚いたことにこれは実話だという。
主人公フランクは、白人とインディアンの混血で、スペインから持ち込まれた野生化した馬ムスタング(フォードの車の名前はここから来たんだね)の中で、優れたヒダルゴに乗っていた。この馬で、アメリカの長距離レースでは連戦連勝。世界で一番早い馬と言われた。
そこにアラブのリヤド部族長が反発。「世界で一番早い馬」というのは聞き捨てならん。取り消さないなら、アラブの「オーシャン・オブ・ファイアー」に参加しろと。
フランクはヒダルゴを伴って、長い船旅をして、アラビアのアデン(アデンってイエメンアラブの街だよね)へ。アラビアのアデンからアラビア半島を縦断して、イラク、シリアの沿岸までのレース。映画ではダマスカスが終点となっていたが、ダマスカスは聖書にも載っている古い城壁の町。本当のレースはダマスカスが終着点なのか、それともダマスカスとは異なる、レバノンかシリアの沿岸の街かはわからない。
でも、砂漠の雰囲気が良くできていて良かった。砂砂漠は少なく、石や砂利が転がっている岩石砂漠はまさにそのままだった。キャストもアラブ人の俳優が出ていて、アラビア語を話しているのはすごかった。アラビア語は、「アッサラームアレイクム」と「インシャラー」しかわからないけれど、なんとなくアフリカにいるアラブ人のようで、本当のベドウィンでもないし、あの辺りにいるアラブ人ではないのが気になった。
残念なのは、砂漠の怖さや辛さが画面では表現しにくいところ。2週間以上砂漠でレースをする辛さというのが経験しないとわかりづらいところだ。砂漠で井戸の水を飲もうとすると、細かな砂が混じった水で飲むとじゃりじゃりする。レースをしている男が身体を布で覆わずに走ると、たちまち日焼けで大変なことになってしまう。また喉の渇きというのも尋常ではない。そういったところが、冒険物という一言で片付けられている。
映像が美しかっただけに、残念だ。
3/27は結婚記念日。結婚してあっという間に11年経った。
11年目は、鋼鉄婚式というそうな。
http://www.meijikinenkan.gr.jp/anniversary/wed/01.htm
・11年前の結婚
12年前の8月にたまたま妻と出会い、翌年1月に再会したときに結婚することになった。そして2月にフィリピンへ来て3月に結婚式をすることになった。
フィリピンの正規のカトリックの結婚は大変です。教会へ結婚を申請して、3回の日曜日のミサを経た後に、結婚をすることができる。
まず双方が独身であることを証明しなくてはならない。日本人の場合は、住民票や戸籍謄本を持って在フィリピン日本大使館へ行って、「結婚具備証明書」を発行してもらう。フィリピンの女性は、町で「独身証明書」を発行してもらう。両方揃って、初めて教会へ行って、申請する。
次に、教会にてこの独身の2人が結婚する掲示が張り出される。また日曜日のミサのときに、「この2人が結婚することになるが、意義のあるものはいるか?」と3週間にわたって呼ばれる。それぞれ”First Calling”, “Second Calling”, “Third Calling”という。それが済むと、「結婚許可証」が発行される。それを使って教会で結婚式を挙げる。
通常、フィリピンに住んでいる人以外は、このような長い時間をとって結婚の準備が取れない。その場合は、結婚申請書を裁判所に提出して、2週間後に裁判所で身内だけで結婚式を執り行う。ほとんどの日本フィリピン人カップルは、時間の問題で裁判所で行うことになる。2週間以上それでもフィリピンに滞在することになるか、申請してから2週間後に再度フィリピンへわたって結婚式をすることになる。それでも日本の事情からすれば大変だろう。
私の場合は、今と同じように会社を休職して大学院に入る直前だったので、計算してぎりぎり1ヵ月半滞在すれば、全て可能だとわかった。また結婚式の日取りも、海外へ個人でいけない両親と妹がセブへのパッケージ旅行へ参加できる日で選んだ。そんなわけで、諸事情のため3/27(日)が結婚式となった。偶然11年前もまったく同じカレンダーである。
結婚式が終わっても、新婚旅行で両親や家族を一緒に連れて行くことになったりして、結婚式というのは妻と親族のために行うものなんだなぁとしみじみ思った。
結婚式の事情はまたいつか書きたいと思うが、その後11年よく続いたものだと思う。
・結婚生活
妻は「じゃぱゆき」ではないので、日本という国はテレビでみる悪いニュースしか知らない。日本語は全くわからず英語しかわからない。そんなわけで大学院の学生生活をしている、私のところに転がり込んできた。
結婚1年で、お互いの意思の疎通ができずイライラする。
恋人から生活をともにするストレスが高まりました。でも妊娠したり、日本へきた勢いが妻にはありなんとか乗り切っていました。しかし周りに打ち解けなく日本の食事をとろうとしない妻を見て、激しく怒ったこともあります。日本に来て1ヶ月間、7月にお風呂のない下宿に妻が転がり込んできたときは、「神田川」を地でいく生活で2人で買い物に行ったり銭湯へ行って、なんだか楽しかった。
結婚2年目に、育児が大変で夜中に寝させてくれません。妻は育児や家事に負われ、私はバイトと修士論文に追われ、つらい日々でした。お金もないので不安でした。唯一の救いは、1歳になるまでの娘の笑顔でしょうか。オムツを換えたり、粉ミルクをつくって飲ませたり、背中に負ぶって寝かしたりしました。子どもが生まれたことで、妻は日本でやっていく自信が生まれたと思いますが、私は学究生活を断念せざるを得ませんでした。人生設計に予定なくやったことはまずかった。この頃、シェアウェアを日本語化していくことでビジネスができないかと取り組みました。ただ生活していくには程遠いので、諦めました。この時期はお互いにストレスが溜まっており、一時期は話ができないと思い「離婚届」を市役所へもらいにいったことがあります。
結婚3年目から結婚10年目ぐらいは、比較的順調に行っています。
妻は永住ビザを取得して永住権を得ました。2人目の子どもも生まれてほどほどの収入がありました。そして、東京で仕事することになり、年収が1200万のときもありました。年に1度くらいは大きな喧嘩をしたこともありますが、離婚するには至っていません。妻は日常生活をしますが、私が謝罪するまでは、いっさいしゃべろうとはしません。
結婚10年経った頃、東京へ週日通って週末自宅へ帰ってくる生活に、妻と子どもが爆発しました。家のガラスが3枚、立て続けに割れました。ストレスがたまって、その矛先がガラスだったようです。私が家庭に目を向けないこと、そして息子がまったくコントロールきかないことが原因だそうです。
名古屋の不労所得委員会というキャッシュフローゲーム会に参加した。
202のゲームをやって、職業は弁護士となった。
高収入だけど、それなりの支出も多い。弁護士という職業は憧れの職業なんだけど、ことゲームに関しては、避けたい職業だ。
202でラットレースを抜けるためには、不労所得が支出の2倍にならなくてはならないので、不労所得が増えてもなかなか楽にならない。
現実の弁護士も、仕事の報酬は多いがステータスとなる高級スーツや高級車を乗ることになるので、それなりに仕事は辛いだろうか?いつまでたっても、好きな仕事よりは報酬の多い仕事を選ばなくてはならないだろうか?
いつものように、最初はぐずぐずとすすむ。ただ収入が多いだけに、給与日にはたくさんの収入。少しずつお金は溜まっていく。そのうち株で大儲けした。住宅も高く売れた。600万ドルがたまり、マンションなど不動産を買い進み、不労所得が徐々に増えていって、同時に溜まっていたローンも全て払って毎月の返済をなくした。
最後にマンションとボンド債をたくさん買って、ラットレースから抜けることができた。
そのときの不労所得は1.9万ドル。支出は6000ドルまで落としたので、支出の3倍までにすることができた。
弁護士という職業で、ラットレースを抜ける方法が見つかったのは良かった。
ただ、一緒にゲームをしている人の中で、無駄遣いをたくさんして、子どもが増え、株の売買が2度も大失敗をして、結果2度も破産した人がいた。
お気の毒です。そこから何か少しでも学ぶことがあれば、良いと思います。
あくまでもゲームの話です。本当の人生だったら….
藤井孝一監修 週末起業鉄人会著
ISBN4-575-29461-4
藤井孝一さんが提唱した「週末起業」を実践して、成功した具体例がいくつか載っている。
週末起業が普通の起業と異なるところは、以下の点。
最初から大きな事業でなくてもよい、月に2万?3万ぐらいの利益があればよいと考えているところ。本業で生活していけるので、がむしゃらにならなくても良いのはうらやましい。
本名などの個人情報を会社にばれるとまずいので、HPやオークションを使ってこっそりとビジネスをスタートしなくてはならない。
会社に努めながら、別に事業を起こしているので、時間に限りがありながら工夫をしている
とはいえ、お客さまからお金をいただいている正規のビジネスと変わりはない。
この本は週末起業ならではの苦労や工夫を述べている。参考にすべきところは参考にすべきだと思う。また週末起業でなくても、本業でも時間は足りないもの。自分の直接担当する部分でないものとしても、このようなノウハウは役に立つと思う。
一番大切なのは、本業と思っていた。
週末起業を起こす時間があったら、本業に少しでも本業に時間を注ぐべきだと思った。休みの日でも本の一冊を読んだり、カイゼン方法などを考えるべきだと思っていた。しかし事業というものは、一つだけのことをすればよいわけではない。商品を売るだけでなく、サポートをしたり、人事活動をしたり、経理、納税をしなくてはならない。それらは本業に全部まとめることができると一言でいえばしかたないが、仕事の種類としては異なる。いわば本業の他に別にもう一つ事業をもったのと、取り組み方の点でいえば、さほど変わりないのではないか。
私が退職する前に1年間、いろいろ考える時期があった。本業について考えたり、退職して何をやるか、いろいろ考えていた。そのたびに、本業について専念しなくては給与をもらっている以上申し訳ないと思っていて、新しい事業について考えるのを自分で閉ざしてしまった。
今になって思えば、本業と別の事業のどちらかという二者択一ではなくて、第三の道を探すべきだったのではないかと思う。どんなことにしろ、どちらかを選ぶという決断は、どちらにもしこりが残る。同時に両方をやるという方が良いということが、以前紹介した「ソース」という本にも書いてあった。
両方やるというのは大変な努力が必要であるが、好きな道ならばやりとげることが可能なんだろう。